第4話ー① 僕は空っぽな人間だから
――奏多の演奏会から1か月後。
暁はいつものように職員室で報告書を作成していた。
「あれから1か月か」
そんなことを呟きながら、この1カ月間を暁は振り返っていた。
生徒たちとは少しずつ打ち解けはじめ、食堂でも話すようになったこと。仕事のも徐々に慣れ始めて、報告書の作成が苦にならなくなってきたこと。
この1カ月はとても平和な日々を送っていたな――としみじみと思う暁。
そしてそんな平和な日々の中でも、ビックニュースがあった。それは奏多の能力が消失したということだった。
「消失したと言っても、高校生のうちは奏多もここから出られないんだよな」
政府が定めたルールで、能力の消失がみられても一度決まったクラスは変更できないというものがあり、そのためにS級クラスの生徒たちは、卒業するまでこの施設で過ごさなければならない決まりがあったのだった。
しかし能力が消失した奏多は以前とは違い、外出許可を申請できるようになっていた。
「確か。今週末もバイオリンのレッスンに行くからって、外出申請があったな」
そう言いながら、渡された奏多の外出申請書を手に取る。
「これをデータ化して、研究所に送付だったよな」
暁は奏多の外出申請書を研究所に送付し、この日の職務を終えたのだった。
――数日後、日曜日。
奏多は迎えの車に乗って、バイオリンのレッスンに向かって行った。
そして暁は、奏多の朝練に付き合ったのち、食堂で朝食を摂っていた。
「あ! センセー、おは~」
食堂にやってきたいろははそう言って暁の傍まで歩み寄った。
「おはよう、いろは。今日は早いな」
「いつも通りに起きただけだしっ! それにお腹ペコペコだったからさあ。んじゃ、ね」
そう言っていろはは食べ物の並ぶカウンターへ向かった。
それから食べ物をトレーに乗せたいろはは、暁の前の席に座り、食事を始めた。
「いろはって、見た目はギャルって感じなのに、意外とちゃんとしてるよな」
「は!? いきなり何、センセー!?」
そう言って目を丸くするいろは。
「いや。食べるものとか、バランスが良いっていうか。ちゃんと健康のこととか気にしているのかなって」
暁は自分のトレーに乗っている食べ物に視線を向けて、身体に悪そうなラインナップに少し恥ずかしく思っていた。
「ああ、センセーは身体に悪そうなもんばっか食べてるもんね~。アタシがセンセーの身体をプロデュースしてあげてもいいよ?」
身体をプロデュースって、なんかいかがわしい響きだよな――
「いや。気持ちはありがたいけど、今回は遠慮しておくよ」
暁は苦笑いでそう返した。
「ふーん、そっか!」
それから朝食を終えた暁たちは、そのまま食堂でコーヒーを飲みながら雑談をしていたのだった。
「あー、奏多いいなあ。アタシも早く能力なくなんないかな。そしたら、原宿とか渋谷にいけるのに~!」
いろはは唇を尖らせて、頬杖をつきながらそう言った。
年頃の女の子だもんな。いろはだって、外の世界への憧れってあるんだろうな――
暁はそんなことを思いながら、頬杖をつきながら話すいろはを見つめていた。
「センセーはさ、行ったことある? 新宿とか渋谷とか!」
「俺もほとんど施設から出たことないからな。ちょっと憧れはあるかもしれないな」
「そうだよね……はあ。いいなあ」
暁たちがそんな会話をしていると、食堂へまゆおがやってきた。
「お! まゆお! おは!」
「おはよう、まゆお」
いろはと暁がそれぞれ声を掛けると、
「お、おはよう、ございます……」
まゆおは少し言葉を詰まらせながらそう答えた。
「ねえねえ! まゆおは今日何すんの? 部屋で引きこもり?」
「え、っと……」
まゆおはその場に佇んだまま、おろおろしていた。
そういえば。まゆおとはちゃんと話をしたことがなかったな――
そう思った暁は、まゆおに笑顔を向けて、
「もし何もやることがないなら、俺たちと雑談でもするか!」
そう提案した。
すると、
「雑、談……。でも、僕がい、たら、邪魔に、なるかも……」
まゆおは言葉を詰まらせながら、そう答えた。
きっとまゆおの性格的に嫌でもノーとは言えないタイプなんだろうな――
暁はまゆおの返答を聞き、そんなことを思う。
もしかしたら、まゆおもキリヤみたいに俺のことを良く思っていないのかもしれない、と暁は自分の提案を少々後悔した。
「まゆお、別に無理にとは――」
「あはは! もう何言ってんの! 邪魔だったら、話しかけないし! いいじゃん、アタシらと雑談しようよ! センセーと話すの面白いよ! ほら! こっちにきなって!!」
暁の言葉をかき消すように、いろはは笑いながらまゆおにそう言った。
「う、うん。わかった。じゃあ、そうする……」
そう言ってまゆおはいろはの隣の椅子に座った。
その一連のやり取りを見ていた暁は、いろははまゆおのことを良くわかっているんだな、と感心していた。
俺はまだまだってことだよな。生徒たちのことを何にもわかっていない――
これを機に、まゆおと打ち解けられたらいいな、と暁はそう思ったのだった。
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