第4話ー② 僕は空っぽな人間だから

 その後、まゆおが朝食を終えてから、暁はまゆおを含めて3人で雑談を始めた。


「――そういえば、まゆおはいつからここにいるんだ?」

「あ、えっと……2、年前で、す」


 まゆおは俯きながら暁にそう答えた。


 もしかして、俺は怖がられているのだろうか――


 ふとそう思う暁。


「2年前か、そっか!」


 暁が困惑した表情をしていると、


「こう見えてまゆおってすごいんだよ! 中学1年生で、全国制覇するくらい剣道の才能があって、ジュニアの育成合宿に選ばれたんだよ! うちらの年代のスターだったんだから!」


 いろはは暁の方を向いて、嬉しそうにそう言った。


「そ、そんな、こと――」


 スター、か。ちょっと意外だったけど、まゆおってそんなすごい奴だったんだな――


「そうなのか! すごいな、まゆお!」


 暁が笑顔でまゆおにそう告げると、まゆおは顔を引きつらせていた。


 しかし、そんなまゆおとは対照的に、いろはは得意げな表情をしていた。


 なぜいろはがそんな得意げなんだと思う暁だったが、同学年であるまゆおの功績が嬉しく思ったのだろうと察したのだった。


「じゃあ食事の時に食べ方が綺麗なのは、剣道をやっているからってことだったんだな! ほら、日本の競技をやっていると、自然に立ち居振る舞いがわかってくるみたいな!」


 暁が笑いながらそう言うと、


「それは、関係ない……。お、父さん、がそういうのに、厳しかった、だけ……です」


 まゆおは困った顔をしながら、そう答えた。


 もしかして間違った知識をひけらかした俺のプライドを守るために、まゆおは気を遣ってくれたのか――


 そう思った暁は、急に自分の発言を恥ずかしく思った。



「そうそう。前に気になって動画で試合の映像見たけど、そん時のまゆおがめっちゃかっこよくてさ!」


「そ、それは……」


「ここにいるときと印象違うな~って感じだったんだよね! 勇ましいっていうのかな?」


「へえ」



 その映像は一度ぜひ見てみたいな、と思いながら、暁はいろはの話を聞いていた。


 そして。そん時みたいにシャキッとしたらいいじゃん、といろははまゆおにそう言うと、まゆおは何も言わずに苦笑いで返していた。


 でも、確かにいろはの言う通りで。今のまゆおが全国制覇をするような剣士に見えないんだよな――


 そう思いながら、暁はまゆおに視線を向ける。


 まゆおは悲し気な顔をして少し俯きながら、いろはの話を聞いているようだった。


 今のまゆおからはスポーツをやっている人間にある貪欲さとか、自信みたいなものを感じないっていうか――


 もしかして。今のまゆおの性格が構築されたのは、能力の覚醒と関係があるんじゃないか――と暁はふと思う。


 それからいろはの話を聞いていられなくなったのか、まゆおは閉ざしていた口を開いた。


「……こ、こんな、僕でごめん、なさい。僕、はダメなやつ、だから……。存在が、迷惑、だよね……」


 そんなまゆおを見たいろはは、自分が失言したことに気が付き、


「ご、ごめん! そんなつもりで言ったわけじゃないよ! ただなんか雰囲気違うなあ。なんでかなあってそう思ったっていうかさ」


 慌ててそう言った。


「ごめんなさい。い、いろはちゃんが、悪いわけ、じゃ、ないのに……。ごめん、なさい……」


 そう言ってからまゆおはまた口を閉ざしたのだった。


「アタシもごめんね、まゆお。ちょっと軽率だったよね」


 いろははそう言って、沈黙した。


 このままじゃ、気まずい雰囲気のままになってしまう――


 そう思った暁は、話題を変えることにした。


「そ、そういえば、まゆおは好きなものとかあるのか?」

「え……好きな、もの……ですか」

「おう! ちなみに、俺はから揚げが好きだぞ!」


 センセー、そればっかじゃん――と言っていろははクスクス笑う。


 いろはが笑顔になってくれてよかった、とホッとしながら、暁はまゆおからの返答を待った。


「ぼ、くの、好きな、もの……」


 まゆおはそう呟いて、少し考えてから、


「……と、特に、ない、です」


 俯きながらそう答えた。


「そ、そうか」


 てっきり剣道が好きなのかと思ったけど、そうじゃないのか――


 奏多の時から学習した暁は、思ったことを安易に口に出さないことを覚えたため、口から出そうになったその言葉を飲み込んだのだった。


 奏多の時はなんとか好転したからよかったけれど、キリヤに忠告された通り、俺の行動は生徒たちをかき乱すことになりかねないからな――


 そう思いながら、苦笑いをする暁。


「まゆおは剣道が好きなのかと思ってたのに、違うんだね! ちょっと意外かも!」


 いろはは目を丸くしてそう言った。


「お、おい、いろは!?」


 俺があえて言わなかったそのセリフをそんなに躊躇なく――!


「剣道は、お父さん、がやれっていうから、仕方なく、やっていただけ。僕の家は、剣道道場、だったから……」


 まゆおは、言葉を詰まらせてそう答える。


「へえ。そうだったのか」


 そういう経緯でまゆおは剣道をやっていたんだな――


 暁はそう思いながら、小さく頷く。


「やりたくてやってたわけじゃないのに、育成合宿の選手に選ばれるって、すごくない!? 天才じゃん!!」


 いろがは目を輝かせて、まゆおにそう言うと、


「僕は、天才なんか、じゃないよ。僕は、いらない子、だから。剣道しか、なかっただけ…。剣道をやら、ない僕は、存在価値、がないんだ……」


 まゆおは悲し気にそう答えた。


「いらない子?」


 そう言っていろはは首を傾げる。


「うん。僕は、何もできない、ダメな子供、だって――」


 まゆおの自信のなさは、家族の問題が関係していそうだな――


 暁はそう思いながら、悲し気に俯くまゆおを見つめた。 


「いらない子なんているのかな? 親からしたら、自分の子供って宝みたいなもんでしょ?」


 いろはが笑いながらそう言うと、


「僕は、いろはちゃん、とは違うんだよ。僕が、生まれてこなかったら、誰も傷つけなかった! 僕なんか、いなかったらよかったんだ!!」


 まゆおは声を荒げながらそう言って立ち上がると、そのまま食堂を出て行った。


「ちょっと待ってよ、まゆお!!」


 いろははそう言ってまゆおを追いかけて食堂を出て行った。


「今はいろはに任せるか」


 暁は食堂で、2人の帰りを待つことにしたのだった。




 それからしばらくして、いろはは1人で食堂に戻ってきた。


「まゆおは?」


 暁がそう尋ねると、


「見失った……」


 いろはは肩を落としてそう言った。


 今はああいう性格でも、いろはをまけるなんて――やっぱり元はスポーツマンなんだなと、暁はそんなことを思っていた。


「アタシ、まゆおに嫌なこと言っちゃったかな……」


 いろはは悲しそうな顔でそう言った。



「いろははいろはの考えがあるだろうし、まゆおはまゆおの考えがあるってことさ。そんなに悩むことじゃないよ」


「う、うん。ありがと、センセー!」


「おう!」


「じゃあ、また雑談でもしよっか!」



 それから暁といろはは雑談を再開する。


 いろはは雑談に興じながらも、まゆおのことを気にしてソワソワとしており、食堂の入り口を何度も確認したり、足音を聞くと会話が途切れたりしていた。


 そんなに気になるのなら、まゆおのところに行ってやればいいのにな――と素直じゃないいろはを微笑ましく思う暁。


 それからふと、まゆおの過去に何があったのだろう――と暁は考えを巡らせた。


 生まれてこなかったらってまゆおは言っていたが、親はきっとまゆおにそんなことを思っていないはずだ――


 まゆおのことを何も理解していない自分に落胆をしながら、いつかまゆおが過去を話してくれるはずだと信じて待つことにした暁だった。


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