第2話ー⑤ 辿った道

「おおお、ここが食堂か!!」


 空が茜色と紺色に混ざり始めた頃、暁は施設内にある食堂にいた。


 S級保護施設では食事の時間が決まっており、教師である暁も例外なくそのルールに従うことになっていたのだった。


「へえ。意外とちゃんとしているんだなあ」


 そう呟きながら、入り口で食堂内を見渡す暁。


 4人掛けの白い長机が並び、後方には食事が並ぶカウンターとドリンクバー。そしてその奥にはキッチンスペースもあり、暁はその設備の充実さを知ったのだった。


「なんか、いい匂いがする……」


 そう言えば、昼食は時間がなくて菓子パンだったんだよな。腹が減るわけだよ――


 そう思いながら、暁は自分の腹を擦った。


「センセー、入り口で立ち止まって何してんの?」

「ああ、いろは。ここが食堂なんだなあって感動していたところだよ」


 暁がそう言ってニヤニヤすると、


「そっか、センセーは引きこもりだったから、食堂を知らないんだったね!」


 あはは、といろははからかいながら笑った。


「引きこもりって言うなよ! 意外と傷つくんだぞー」

「あははっ! ごめんって! 冗談、冗談!」

「冗談って……」


 暁はやれやれと思いながら、唇を尖らせてそう言った。


 でもあんな過去を聞けば、そう思うのも無理はないのかもしれないな。いろはがさっきの話をあんまり重く捉えていないみたいでよかったよ――


 暁がそんなことを思っているうちに、いろはは笑いながら食事の並んでいるカウンターへ向かっていったのだった。


「じゃあ、俺も――」

「おーい、先生! こっちに席あるぞ!!」


 暁はその声の方に視線を向けると、先に来ていた剛が窓側の席で手招きをしながら呼んでいる姿を見つけた。


 もしかして剛は、俺のために席を取っておいてくれたのか――?


 取っておかなければならないほど席数が少ないわけではなかったが、初めて来た食堂でどこに座ればいいのだろうと不安に思っていた暁は、剛の優しさをありがたく思ったのだった。


 それから暁は、剛の待つ窓側の席にへ行き、剛の正面に座った。


「ここのメシ、すごくうまいんだぜ! 好きなものを好きなだけ食べられるんだ!」

「そうなのか!」


 暁はそう言ってから、食事の並ぶカウンターに視線を向けた。


 剛の言った通り、カウンターに並ぶメニューは豊富で、どの料理も大皿に盛られていた。


 きっと生徒たちのストレスを溜めさせないための政府の方針なんだろう、と感心しながら頷く暁。


 俺がいた時も食事だけは同じようにしてくれていたらよかったのに――と暁は心の中で不満を漏らした。


「じゃあ先生、取りに行こうぜ!」


 そして暁は剛に連れられて、食事の並ぶカウンターへ向かった。


「へえ。本当にいろいろあるな!」


 主食、副菜、主菜、それからデザート。それぞれは少なくとも5種類ずつは揃っていた。


 こんなにたくさんの種類があると、毎日飽きることもなく、食事を楽しめそうだな――


 そんなことを思いながら、暁は大好きなからあげとサラダを取り、ご飯をよそってから席に戻っていった。


 そして暁が席に戻ると、先ほどまで誰もいなかった隣のテーブルに結衣とまゆおが来ていた。


「どもです~」

「こんばんは」

「おう! お疲れ!!」


 暁は笑顔でそう返してから、2人の食事に視線を向けた。


 まゆおは茶碗に控え目な量のご飯と三種類の小鉢、焼き魚と味噌汁。


 一方の結衣は、まゆおと同じく控えめな量のご飯と白のフラットプレートにプリッとした、ジューシーそうなウインナーが所狭しと盛られていた。


 やっぱり食べるものにも、個性って出るよな――


 そう思いながら、暁は席に着く。


「いやぁ。ここのウインナーは最高ですなぁ。外はパリッ、中はジューシー! 本当に飽きませんぞ!」


 そう言ってウインナーを次々に頬張る、結衣。


「あはは! 結衣はウインナーが好きなんだな。あんまり幸せそうに食べるから、俺も食べたくなるよ!」


 暁がそう言うと、結衣はきょとんとした顔をして、


「先生は私がウインナーばかり食べることを怒らないのですか?」


 首を傾げながらそう言った。


「え? だって好きなものを好きなだけ食べられるのが、ここの良いところなんだろう? だったら好きなものを好きなだけ食べている結衣を怒る理由なんかないと思うけど」


 結衣は呆然と暁を見つめていた。


「結衣? どうした??」


 その言葉にはっとした結衣は、


「先生はとっても変わり者なのですね!」


 そう言って微笑むと再びウインナーを頬張り始めた。



「変わり者って……ははは。でもそうやっておいしそうに食べるって、すごく良いことだよな。作ってくれる人にとってもありがたいと思うぞ」


「ぁたしは知らぬ間に、モグモグ……誰かを幸せにして、モグモグ……ぃたんですな! モグモグ……それはおろこ(喜)ばしいことです! モグモグ……」


「ちょ、結衣! 食べるか、喋るかどっちかにしろよ! ウインナーの汁がこっちまで飛んでんだよ!!」



 剛は結衣の方を見ながら、文句を言った。


「あああ、かたじけないでござるな。モグモグ……」

「ってまたあ!! お前、全然反省してねぇじゃねぇか!!」

「モグモグモグ……」


 隣の机なんだけどな……どういう勢いで結衣はウインナーを噛み切っているのだろう――


 暁は結衣と剛の会話を聞きながら、そんなことを思うのだった。


 そして剛と結衣がそんなやり取りをしている間に、まゆおは箸を置き、手を合わせて食事を済ませていた。


「まゆおはすごく行儀よくご飯を食べるんだな」


 米粒一つ残すことなく綺麗に完食しているまゆおの茶碗を見て、暁はそう言った。


「え!? そ、そう、でしょうか」


 まゆおは突然声を掛けられたことに驚き、肩を震わせてそう言った。


「ははは、そんなに驚くなよ! それ、どこで覚えたんだ?」

「……父が、教えて、くれたんです。お米、を残すと、農家の人、が悲しむぞって」


 まゆおは言葉を詰まらせながらそう言った。


「そうか。いいお父さんなんだな」


 暁がそう言って微笑むと、まゆおは暁から視線をそらしながら、


「そ、そうです、ね。じゃあ、僕、はこれで……」


 そう言ってそそくさと食事用のトレーを片付け、食堂を後にした。


 なんだか悪いことを言ってしまったのかな――


 暁はまゆおが座っていた席を見つめながらそう思っていた。


 能力者は親子関係が影響して、目覚めることが多い。もしかしたら、まゆおもお父さんと何かあったのかもしれない――


 そんなことを思いつつ、暁は大好きなからあげを頬張ったのだった。




 夕飯後、暁は職員室へ戻り、机にあるPCで報告書を入力していた。


 この報告書の作成も政府との約束事で、毎日行った授業内容と起きた出来事を事細かに入力するというものだった。


 施設での不祥事や暁自身が問題を起こしていないかの監視のようなものだ、と暁は政府の関係者から説明されていた。


 やっぱり信用はされていないんだな――と聞かされた当初は肩を落とした暁だったが、それでも教員になれるのなら受け入れようと前向きに思うことにした。


「よしっと。これでおしまいだ」


 暁はそう言って、2時間ほどかけて完成した報告書のデータをボタン1つで研究所へ送信する。


 あんなに時間をかけたのに、送るのは一瞬なんだよな――とややため息を吐いてから、


「初仕事、終了~。お疲れ、俺」


 そう呟きながら、暁は疲労困憊の表情で机に突っ伏した。


 それから突然睡魔が襲い始め、暁は瞼が重くなるのを感じていた。


「ああまずい。このままじゃ、ここで寝そうだ」


 そう言ってから暁は頭を上げて、つけっぱなしのPCの電源を落とすと、背伸びをするように椅子から立ち上がった。


「部屋は確かこの奥だったよな」


 そう言って向かった先は、職員室に併設されている教員専用の個室だった。


 もともとは宿直用の部屋として使われていたが、一般教員の絶滅と暁が住み込みでの勤務になることから、居住用にリニューアルし、人が住める環境を整えられていた。


 部屋の広さは6畳ほどでベッドや机も配備されており、とても住み心地のよさそうな場所だなと暁は思ったのだった。


「ここがこれから俺の生活する場所なんだな」


 暁は部屋を見つめながら、しみじみとそう呟いた。


 その後、寝る支度を整えた暁は布団にもぐり、今日一日を振り返っていた。


「俺が教師、か。なんだかまだ信じられないな」


 これからどんなことが待っているかはわからないけど、でも俺らしくやっていこう。せっかく掴んだチャンスなんだから――


「能力に悩む子供たちの希望になれたらいいな。俺がそうしてもらったように――」


 そして暁は眠りについたのだった。

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