第2話ー④ 辿った道

 それから月日は流れ、暁は無事に教員免許を取得した。


 しかし暁は20歳を超えても能力が衰えないままで、資格を取得できても教師として働くことができずにいたのだった。


 ――暁の部屋にて。


 いつものように検査をしたあと、暁は悶々とした気持ちでベッドに寝転がっていた。


「やっぱり夢なんて抱くものじゃないのかもしれない……俺の夢なんて、叶うはずもない幻想だったんだ」


 今できることを俺は全力でやってきたつもりだった。でも結局そんなものは無駄だったのかもしれない――


 そう思いながら、深い溜息を吐く暁。


「俺は能力に未来を奪われたまま、やりたいことを何もできずに、ここで永遠に過ごしていくのかな……」


 普段は弱みを見せず明るく振舞っていた暁だったが、一人になった時にそう考えることが増えていた。


 そして再び、夢や未来への期待を失い始めていたのだった。


 翌日、所長が部屋を訪れた時、


「所長。俺はこのまま、一生ここにいることになりますか?」


 所長の前でそんな不安を口にした暁。


 すると、所長は暁の肩にそっと手を乗せ、


「君のがんばりはきっと神様が見てくれているさ。だから君は必ず、夢を叶えることができる」


 微笑みながらそう言った。


 そんな気安め、言われたって――


 暁はそう思いながら、微笑む所長を見ていた。


 しかし暁は所長のその言葉の意味を、近いうちに知ることになる――。


 その会話から数日後、暁は何かするわけでもなく、自分の部屋のベッドの上でゴロゴロと過ごしていた。


「はあ。今日もやることがない……俺はこのままニートなのかな――――ん?」


 遠くの方から聞こえるバタバタとした足音に、暁は何事かと構えた。


 それから足音が止んだなと暁が思ったのと同時に、部屋の扉が勢いよく開かれる。


「え、所長!?」


 突然やってきた所長に目を丸くしながら、暁はそう声を上げた。


「暁君! 今、ちょっといいかい……?」


 息を切らしながら、所長は笑顔でそう言った。


 息が切れるほどの全力疾走をするくらいだ。よほど嬉しいことがあったのだろう、と思った暁は頷き、


「大丈夫ですよ。何があったんですか?」


 そう尋ねた。


 すると所長は暁の目の前まで歩み寄り、


「君が今の生活から抜け出す方法が一つだけある。そしてそれは君にとっても朗報だ」


 前のめりでそう言った。


 ここから出る方法――?


 暁がその言葉の脳内処理を終える前に、所長は話を続けた。


「実は保護施設の教員を政府が探していてね。今期の子供たちはちょっと手に余る存在みたいなんだよ」

「は、はあ」


 保護施設って、俺がいたあの施設だよな? それで、なんだっけ。教員が――?


 暁は困惑したまま、所長の話を黙って聞いた。


 所長が言っていた長い話を要約すると、S級保護施設の教員が全員辞職してしまったため、今のやんちゃな生徒たちをまとめる役として、SS級である暁に教員として施設へいってほしいということだった。


 所長は俺の知らないところで動いてくれていたんだ。だからあの時、夢は叶うって――


 暁は嬉しそうに話す所長の顔を見ながらそう思っていた。


「いやあ。でもね、やはりSS級である君を教員として据えるのはどうか、と言う意見もあってな。すぐにゴーサインはでなかったんだ」

「そう、だったんですか?」


 それなのに、なぜその意見が通ったのだろう――と暁は疑問を抱いた。


「でも私は、暁君ならきっと生徒たちとうまくやっていけると思っていたし、それに同じ痛みを持つ君以外には務まらないんじゃないかとも思ったんだ」


 所長が俺に、そんなことを思ってくれていた――?


 所長の言葉を聞き、暁は言葉にならない感情を抱き、声を発することができずにいた。


「その思いを伝えて、ようやく政府の重役が腰を上げてくれたわけだ。――君の頑張る姿が私を動かし、そしてその思いが政府の重役に伝わったんだよ」


 所長は笑顔でそう告げると、


「どうだ? この話、受けてみないか?」


 まっすぐに暁の目を見てそう言った。


 これは夢か……? そうだとしたら、覚めないでほしい――


 そう思いながら、暁は俯く。


「俺、本当に教師になれるんですか……?」


 暁が確かめるようにそう問いかけると、


「そうだ。これはチャンスだと思う。どうする?」


 所長は真剣な声でそう言った。


 それから暁は両手の拳を握る。そのあまりの強さに若干の痛みを感じた。そして、その時にこれは夢ではないのだと認識したのだった。


 暁は顔を上げ、所長の目をまっすぐに見つめると、


「もちろんです――もちろん、引き受けさせてください!!」


 はっきりとした口調でそう答えたのだった。


「ああ、それじゃあ頼んだよ」

「はいっ!」


 まさかこんな奇跡が起こるなんて――


 そう思い、胸がぐっと熱くなる暁。そして、その嬉しさのあまり涙を流していたのだった。




 ――数日後。


 暁の赴任の日取りが決まり、政府から通知書が届いた。


 その通知書を見て、暁はようやく自分がこれから教師になることを実感したのだった。


「もう叶わない夢だって思っていたのにな。所長や政府の人たちには感謝しなくちゃな」


 あきらめなければ、いつかはその夢に手が届くんだ――ここまでの道のりは簡単なものではなかったけれど、それでもようやく俺は未来への切符を手にしたんだな――


「『できることをやれ』。その言葉からもらった目には見えない力が、俺を変えてくれたんだ」


 きっとその言葉があったから、俺は教師になるチャンスを引き寄せられたのかもしれない――


 その後、定期的な検査を受けるという条件付きで、暁はS級保護施設の教員となったのだった。



 * * *



「――って感じかな。つまりは能力の暴走がきっかけで能力が消失しない身体になって、その能力値の高さからこの施設の教員になったんだよってことだ」

 

 暁はそう言ってニッと笑った。


 それから教室内が静まり返っていることに気づき、生徒たちが不安な表情をしていることを知った。


 確かにこんな話をされたら、不安になるのも無理はないよな――


「もし自分も能力が消失しなかったらって思っているのなら、安心してくれ。この能力は年齢と共に消失をする。それは研究結果で実証されていることだ」


 暁がそう言うと、生徒の表情が少しだけ緩んだ。


 それを見た暁はほっと胸を撫で下ろす。


 ああ、そうだ。これだけはちゃんと伝えないとな――


 そう思った暁は、


「確かに能力は年齢と共に消失する。でも、もしその能力が暴走すれば、二度と目を覚まさないか、永遠に能力と共に生きるかのどちらかになる。そのことだけは、胸に留めておいてくれるといいかな」


 生徒一人一人の顔を見ながらそう言った。


「まあそうは言ったが、あまり重く捉えず、気楽に考えてくれればいいよ!」


 暁は笑顔でそう言ったが、生徒たちの顔は再び不安の表情を浮かべていた。


「あはは――すまん。ちょっと深いところまで話しすぎたかな」


 暁は頭を掻きながら、申し訳なさそうな顔でそう言った。


「能力暴走のことは、まだ実感がわかないですけれど……先生にはそんな壮絶な過去があったなんて驚きました」


 奏多は目を見張りながら、そう言った。


「ああ、そうだな。それでも楽しいことや良い出会いもたくさんあったぞ。いろんな大人たちの協力があって、俺はここにいられるんだ」


 暁がそう言って笑うと、


「感動したぜ、先生! 俺は先生にずっとついていくぞ!!」


 剛は号泣しながら、そう言って立ちあがる。


「まあセンセーの夢のお手伝いってことなら、協力してあげなくもないかも?」


 いろははそう言って笑いながら暁の方を向いた。


「剛、いろは。ありがとうな」


 それから暁は他の生徒たちの顔色を窺った。


 そこには、困惑した顔をする生徒や不安な表情をする生徒の姿もあった。


 もしかしたら、自分も……と思う生徒がいるかもしれない。能力の暴走のことは話すべきではなかっただろうか――


 暁はふとそう思った。


 それから首を横に振ると、


 過ぎたことを後悔しても仕方のない。俺はこれまでどおり、今できることをやっただけだ。


 そう思い、小さく頷いた。


 それに。もし生徒たちが暴走しそうになっても、俺の力で絶対に止める。だって俺は、このクラスの担任教師なんだからな――!


「よし、暗い話はこれでおわりだ! 気を取り直して、授業を始めようか!」


 暁は生徒たちに笑顔でそう告げたのだった。



 * * *



 ――授業後、教室にて。


 キリヤは一人で考え事をしながら、窓の外を見ていた。


「剛もいろはも簡単に信じすぎだよ」


 頬杖をつきながらキリヤは、ぽつりとそう呟いた。


 けどあんな話を聞いたら、心を許してしまいそうになる。自分たちと似た境遇。そして自分たちよりも遥かに辛い経験――


「あの時とは違うのか……」


 はっとしたキリヤは首を横に振った。


 僕は騙されない。大人は醜く、汚い生き物だ。それを僕は知っている――


「いくら僕たちと似ているとしても、今は汚い大人に飼いならされた犬だ。そんな奴を僕は絶対に信じるもんか」


 それからキリヤは、空が暗くなるまで一人、教室で過ごしたのだった。

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