第1章 始まり
第1話ー① 出会い
――S級保護施設、エントランスゲート前にて。
新品のスーツを身にまとい、大きなリュックサックを背負う青年――
「外周があんなに分厚い壁で覆われていたんじゃ、なんだか犯罪者を閉じ込める牢獄って感じに見えるよな」
そんなことを呟いて、先ほど通ってきたゲートの方を振り返る暁。
このS級保護施設は政府が管理している場所で、顔認証システム搭載のゲートがあったり、高く分厚い壁に覆われていたり――そう簡単に内外部から出入りできないようになっていた。
「子供たちを守るためなのか、それとも――まあそれはいい」
それから視線を建物の方に移し、暁は再び建物に向かって歩き始めた。
「ここに例の子供たちがいるんだよな……」
8人の危険度S級クラスの子供たち。政府の人間や外で暮らす人たちが恐れている、最強に近い少年少女が――
そう思い、目を細めながら暁は建物を見つめた。
「どんな子供たちでも、何があったとしても。俺は俺のできることをやるだけだ」
いつものその言葉を呟いてから、
「よし、やるぞ!」
と両手をぐっと握りしめて、暁は建物の中へと入っていった。
――施設建物内、廊下にて。
「えっと。確か職員室は……」
暁はここへ来る前に渡されていた見取り図の配置を思い返しながら、廊下を進んでいた。
自分の足音以外は何も聞えないその廊下は、少しの寂しさと緊張感を生んだ。
今日まで自己紹介の練習はたくさんしてきたし、きっと上手くいくはずだ。大丈夫――
顔を強張らせながらそんなことを思い、暁は足を進めた。
「まっすぐに進んで……確かあの角にあったはずだよな」
そしてその記憶通りに、職員室は建物1階の一番隅にあったのだった。
「おおお。ここだ、ここだ!」
職員室の扉の前で、満面の笑みでそう言う暁。それからゆっくりと扉に手を掛け、緊張した顔でその扉を開けた。
「――ははは、聞いてはいたけど。やっぱり俺だけ、なんだな」
誰もいない静かな職員室を見つめて、暁は悲し気にそう言った。
「同期組、最高! みたいな展開は一度でもいいから経験してみたかったけれど、仕方がないよな」
普通の人間がここで勤めるっていうのは、命を危険に晒すのと同義だからな、と暁は寂しそうに笑う。
「しっかし……ここを1人で使えるってちょっと贅沢すぎかもしれないな」
そんなことを言いながら、暁は職員室内を見渡した。
職員室のだいたい広さは20畳くらいで、そこには事務用の机がいくつか並んでいた。しかし並んでいるその机たちは、埃がかぶっており、長い間使っている形跡はないようだった。
「どこでも好きなところを使っていいんだったよな。じゃあ――」
それから暁は真ん中あたりにある机に、背負っていたリュックサックを下ろした。
「他の荷物は昼頃に届く予定だったな」
昼食前に届くことを祈ろう――
そして暁は、職員室内をぐるっと一望した。
「ここから、なんだな」
ここが、俺のはじまりの場所――
楽しさや嬉しさはあるものの、やはり不安は拭えないものだな、と暁は胸に手を当てて思った。
「ああ、緊張する。俺が担任教師か……大丈夫かな」
それから「すぅ」っと小さく息を吸って、暁は気持ちを一度リセットした。
俺は俺のできることをするだけ。その為にここへ来たんだからな――そう思い、暁は大きく頷いた。
「よし、行くぞっ!」
暁は事前に渡されていた出席簿をリュックサックから取り出して、近くにあったバインダーに挟む。それからそのバインダーと施設へ来る前にもらった少し値の張るボールペンを手に持ち、緊張感を抱いたまま職員室を出た。
そしてこれから共に過ごす生徒たちに出会うため、暁は自分の生徒たちのいる教室へと向かって行ったのだった。
* * *
その頃の教室――
「ねえ、聞いた? 今日から新しいセンセーが来るらしいじゃん? 今度は何日続くのかな~また初日に逃げ出すってオチだけはやめてほしいわぁ」
ブロンズ色のツインテールヘアの少女はケラケラと笑いながら、目の間にいる短髪長身少年にそう言った。
「さすがに5回も連続で初日に逃げ出すような奴を送ってくるって、政府の奴らの頭はどうかしてるんじゃないのかって思うよな。もっとまともな奴を選べっての」
腕を組んだまま、ため息交じりに短髪長身の少年はそう言った。
「あっはは! まあどんなセンセーが来たって、きっとうちらとうまくできるわけないし、仕方ないっしょ!」
「それは言えてる!」
彼らのほかに教室では生徒たちが楽しそうにそれぞれの会話を楽しんでいた。
S級クラスの生徒は全部で8人。お互いの生い立ちや過去をすべて把握しているわけではないが、深入りせずに接することで比較的に仲良くやっていたのだった。
「今度の先生にはもっと優しくしてあげないとね」
短髪長身の少年の隣に来て、笑顔でそう言う黒髪の少年。
「あ、ああ、そうだな。でもキリヤ、今回はあまり虐めすぎるなよ?」
短髪長身の少年が、キリヤと呼ばれたその少年にそう言うと、
「ああ、わかっているよ」
キリヤは冷たい笑みを浮かべてそう言った。
そんなキリヤを見て、短髪長身の少年はゆっくりとキリヤから視線をそらした。
「ははっ。キリヤくんは相変わらずクールだね~」
ブロンズ色のツインテールヘアの少女はやれやれと言った顔でそう言った。
それから廊下の方で足音が聞こえると、ブロンズ色のツインテールヘアの少女は教室内に響く様に、
「来たみたいだよ!」
そう言ってから着席した。
他の生徒たちもその言葉を聞いて、静かに自席へ戻る。
そして席に戻ったキリヤは頬杖をつくと、
「さて、今度の先生はどうしてやろうかな」
不敵な笑みで小さく呟いたのだった。
* * *
――施設内、廊下にて。
「確か教室は、2階だったよな」
暁は1階にある職員室から廊下を通り、上階へ続く階段をのぼっていた。
時折、壁や廊下が破損しているところを目にして、何をどうするとこんなことになるんだろうな――と困った表情をした。
「まあ――年頃の子供たちだし、喧嘩した拍子にうっかりなんてこともあるんだろうな」
ただの喧嘩ならば、こうまでならないだろうが、ここにいるのは危険度S級クラスの子供たちだ。彼らはその強大な力に支配され、壁や床を壊してしまうのだろう――
「それに。俺だって人のことは言えた義理じゃないからな」
そう言って暁は苦笑いをした。
そうこうしているうちに、暁は教室の前に辿り着いていた。
こ、この先に、生徒たちが――
そう思い、ごくりと唾を飲み込む暁。
この施設へ来るまでに覚悟は決めてきた暁だったが、いざ生徒たちがいる教室を前に不安で足がすくんでいたのだった。
「ここまで来たんだ、俺は……」
俺は俺にできることをやる――
それから暁は、その場でゆっくりと深呼吸をした。
すると、先ほどまで抱いていた不安の感情は薄れ、心が軽くなったように感じた。
ようやく掴んだ夢の一歩なんだ。不安になんて負けてたまるか――!
そう思いながら、強く頷く暁。
社会人未経験の暁にとっての不安要素は多くあったが、自分にできることを精一杯やるぞ――と誓い、目の前にある教室の扉に手を掛けた。
「大丈夫。俺らしくだ!」
暁は緊張と不安で脈打つ胸の鼓動を抑えつつ、ゆっくりと教室の扉を開いた。それからその先に視線を向ける暁。
するとそこには、暁に敵意を向ける8人の少年少女たちの姿があった。
これが、暁と生徒たちとの最初の出会いだった――
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