第264話 別れの挨拶
「だからここは、飛行船の定期便を使って行こうと思う。空の旅は快適な上に、比較的安価だからな」
「比較的安価って、いくらくらいなの?」
「高級レストランでディナーを食べるくらいの金額だ」
「よく分かんないな。育ちが卑しいもんで、高級レストランに行ったことなんかないから」
若干拗ねた様子の俺に、イングリッドは困ったように微笑むと、具体的な金額を教えてくれた。……それは、決して安いとは言えないが、俺の手持ちでもなんとか払える程度の金額だった。
「快適で安全な飛行船に乗って、リモールまでだいたい一週間で行けることを考えれば、非常にリーズナブルだと私は思う。……現在、午後12時20分だから、急いで手続きをすれば、午後13時ちょうどの便に乗ることができるな」
「よっしゃ、何事も、思い立ったが吉日だ、そいつに乗って行こうぜ」
そう言って、飛行船の発着場へと歩き出し、数分ほど行ったところで俺は立ち止まる。そんな俺に、イングリッドは首を傾げ、問うた。
「どうした? 急がないと、乗り遅れるぞ? これを逃せば、次の便は、明日の早朝まで待たなければならない」
「……あのさ、先に行って、二人分の搭乗手続き、済ませておいてくれないかな。ほら、これ。お金、渡しておくから」
「それは構わんが、何故だ?」
「いや、一応ね、アルモットで世話になった、冒険者ギルドや、ジムの人たちに挨拶しておこうと思って。……もう、よっぽどのことがない限り、ここに戻ってくることってなさそうだからさ」
「そうか。では、行ってくるといい。私はあまり、ギルドの人々と話せなかったが、あなたにとっては、色々と思い出深いだろうからな」
イングリッドと一旦別れ、俺は足早にアルモットの町を駆け抜ける。
まずはジムに顔を出すと、徹底的に武術の基礎を叩き込んでくれたトレーナーとジム仲間たちに、別れの挨拶をした。
ここで基礎的な体力と筋力をつけていなければ、恐らく、その後のヴィルガの訓練には、とてもついていけなかっただろう。とても、意義深い時間を過ごさせてもらった。
それから、このアルモットで最も長い時間を過ごした、冒険者ギルドに立ち寄る。……比較的何度も話をした人はもちろん、あまり話したことのなかった人にも、この町を去ることを話すと、皆笑顔ではなむけの言葉を贈ってくれた(中には、少ない手持ちの中から餞別を渡してくれる人もおり、不覚にも涙ぐんでしまった)。
最後に、受付のマチュアに挨拶すると、彼女の左手の薬指に、キラリと光る指輪を発見した。色恋には疎い俺だが、女が『左手の薬指に指輪をはめる意味』を知らぬほど、世の中のことを知らぬわけではない。
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