第262話 ボロ宿が……

 そんなことを話しているうちに、俺たちは例のボロ宿に到着した。


 したのだが……


「か、影も形もない……どゆこと?」


 今、俺が述べた通り、宿は影も形もなくなっており、更地の上に、『売土地』の看板が刺さっているだけだった。


 よく見ると、更地の端の方に、残り物の建材で慌てて建てたような、みすぼらしい小屋がある。前まで行ってみると、『土地管理小屋』という小さな看板がかかっているのが分かった。


 そして、小屋の中からは、人の気配がする。


 軽くノックすると、「どうぞ」と声が返って来た。


 この声、聞き覚えがある。

 俺たちが泊まっていた、ボロ宿の主人の声だ。


 小屋の中に入り、事情を聴くと、主人は申し訳なさそうに、すべてを話してくれた。


 なんでも、俺とイングリッドがヴィルガのところに修行に向かったすぐあと、アルモットで、中規模の地震が起こったらしい。


 そこまでの震度ではなかったので、町全体への被害はほとんどなかったが、俺たちのボロ宿は、それはもう、本当に、やっと建物の形を保っているようなボロさだったので、軽い地震でも大ダメージとなり、建物の根幹を成す基礎部分がダメになってしまったそうだ。


 宿の主人は、『これは商売をやめる潮時だ』と判断し、今からちょうど二週間前――居住者全員の契約が切れた日に、建物は解体され、宿のあった場所は、きれいさっぱり更地になったと言うわけである(土地自体には、かなり価値があったようで、すでに取引先も決まり、むしろ宿を経営していた頃より金回りが良くなったらしい)。


 荷物と言うほどの荷物もないのだが、俺たちが部屋に置きっぱなしにしていたものは、一応回収しておいてくれたらしく、彼は袋に入れておいたそれを、手渡してくれた。


 その中には、レニエルからの手紙があった。

 届いた日付は、なんと、昨日だ。


 その頃には、とっくに宿はなくなっていたが、俺の部屋宛てに届いた手紙を、店主がとっておいてくれたのだ。俺は、腰を下ろし、店主が気をきかせて入れてくれたお茶を飲みながら、手紙を開封する。


 手紙の中身は、こうだ。


『親愛なるナナリーさん。お久しぶりです。イングリッドさんや、冒険者ギルドの皆さんも、お変わりありませんか? 慰霊の旅は、フロリアンさんのおかげでスムーズに進んだこともあって、予定よりも少し早く終わり、今僕は、リモールの宮殿で生活しています。周囲の方々も、新王である兄上も、僕にとても良くしてくれるので、毎日快適で幸せな暮らしですが、時折、冒険者として過ごしていた日々が懐かしくなることもあります』

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