第261話 勝利宣言
いや、考えるのはよそう。この女の体力を、普通の人間のそれと同一に考えるほど無意味なことはない。
俺は腕を上げて、勝利を誇るように、宣言した。
「やったぜ、イングリッド。試合に勝ってきたぞ」
こちらに気がついたイングリッドは、鉄棒から手を離し、二度、三度、肩を回すと、軽く額の汗を拭って、溌溂と、事も無げに言う。
「そうか。じゃあ、宿に帰るか」
「えっ、何その薄い反応……こちとら、死にかけた(無理に加速モードを連続使用した自業自得ではあるが)っていうのに。ここは、ワーッて感じで驚いて、互いに喜び合う場面じゃないの?」
俺の問いかけに、イングリッドは『随分と妙なことを聞くんだな』とでも言いたげに、首をかしげて口を開く。
「あなたは、この私に勝った人だ。それが、天下無双の武芸者――ヴィルガ・レインズの指導を受け、秘策まで授かったのだぞ? どこの誰が相手でも、負けるはずがない。私は、最初から勝利を確信していたよ。驚いてほしいなら、今からでも驚くが……」
「い、いや、いいよ。そこまで俺の勝利を信じてくれてたなら、今更何も言うことないよ。それじゃ、帰ろうか」
そう言ってイングリッドを促し、彼女と肩を並べながら裏路地を歩く。
あの地下空間で試合をしていたのはたった五分であり、ジガルガやグリアルドとのやり取りを含めても、せいぜい三十分程度しか、店の中にはいなかったはずなのだが、あまりにも色々なことがあり、まるで、数か月ぶりに、まともな世界に戻ってきたような気分だった。
イングリッドが、うぅんと背伸びをしながら、言う。
「宿に帰ったら、水が一杯飲みたいな。さすがの私も、甲冑を着けたまま500回懸垂するのは、少々疲れた」
「まさかとは思うけど、お前、俺と別れてから、ずっと懸垂してたわけ?」
「そうだ。二秒で体を引き上げ、一秒間、同じ姿勢をキープ、それから、二秒かけて体を下ろす。その繰り返しで、一分間に12回の懸垂をして、それを、あなたが戻ってくるまでずっと続けていた。なかなか良い運動になったよ」
「なかなか良い運動って……お前、本当に人間か? 普通なら、一度に懸垂50回やるだけでも、相当な難易度だぞ」
勢いをつけ、反動を使って体を上げ下げするだけの懸垂でも、50回連続となると、かなり苦しい。
イングリッドがしていたように、重たい甲冑を着て、丁寧に時間をかけて懸垂するならば、ただの10回でも出来れば、充分にたいしたものだ。それを連続500回とは、超人のごとき所業である。
「そうかな? 500回はともかく、100回くらいなら誰でもできるだろう?」
「できねーよ!」
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