第260話 疲労感

「なるほど。しかし、その氷のかぎづめ、ずっとつけてて冷たくないの? 見てるこっちの方が、ゾクゾクしてくるよ」


 両手で自分の肩を抱き、震えるようなジェスチャーをする俺を見て、アーニャは微笑んだ。


「心配ご無用。『魔氷の指輪』の装着者は、寒さにもの凄く強くなるんだ」


「へえ」


「だから、こんなふうに、腕が氷に包まれてても、せいぜいヒンヤリとした金属に触れてる程度にしか感じないんだよ。その気になれば、雪山でお昼寝することだってできる」


「いくら俺がアホでも、雪山で昼寝なんかしないよ……」


「もう、ただのたとえ話だよ。た・と・え・ば・な・し! それくらい寒さに強くなるってことを、たとえで表現したの!」


「はいはい、茶化して悪かったよ。なんにしても、すげえ指輪だな」


「そうだね。……ただ、注意点が一つ。氷の製造と形態変化には、それなりに魔力を使うから、そこだけは気を付けてね」


 そこで、あらかた説明をし終えたのか、アーニャは氷のかぎづめを霧散させる。


 むう。

 氷を作るのも消すのも、ほとんど一瞬か。


 こりゃ確かに凄い武器だ。

 寒さに強くなるというだけでも、かなりのアドバンテージがある。


 氷雪系統の魔法を使うモンスターや魔術師は割と多いし、何より、冬はこの指輪をつけていれば、暖房いらずで過ごせるかもしれない。


 俺はアーニャから魔氷の指輪とケースを受け取ると、それを懐にしまった。


 自分でも氷が作れるか、すぐに試してみたい気持ちもあったが、さすがに今は疲れすぎており、好奇心より疲労感の方が勝ってしまったのだ。


 疲労感――


 言葉にして、頭に思い浮かべるだけで、ますますガクッと体が重くなる。


 さあ、そろそろ帰ろう。

 俺は、アーニャとグリアルドに適当な挨拶を述べ、店の出口に向かう。

 その背に、グリアルドの声が、おぼろげに届く。


「ナナリーくん、次にきみと会うのは、いったいいつになるかな。その時、世界はどうなっているかなあ」


 世界がどうなってるかって、別にどうもなりゃしないだろ。

 いつも通りだよ。いつも通り。決まってんだろ。


 疲れ切っている俺には、グリアルドの言葉の意味を、真剣に考えるほどの気力は残っておらず、おざなりに、振り返りもせず小さく手を振ると、俺はふらつく足取りで店を出た。



 歩いて五分。

 イングリッドが待っている公園に到着する。

 彼女は、いまだに懸垂をしていた。


「497……498……499……500……」


 数字をカウントしながら、無心に体を持ち上げては下げるのを繰り返すイングリッド。疲れ切り、思考力激落ちの頭で、ほんの少しだけ考えて、それが懸垂の数であるということに気がつく。


 ……懸垂って、500回とか、できるもんなの?

 それも、クソ重い聖騎士の甲冑を着けて。

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