第250話 反動

 そんなことを考えているうちに、今、自分の体を襲う寒気が、無理やり加速モードを再使用した反動なのだと気がついた。


「あ゛、ぐ、が、が、あ゛、ぁ、あ゛、あ゛、ぁ……!」


 寒気が、一斉に痛みへと変貌し、足のつま先から頭のてっぺんまで、何万本もの針を突きさされたかのような激痛に、俺は喘ぎ、身悶えする。


 胸が苦しい。

 心臓から、ババババババババと、機関銃掃射そっくりの音がする。


 苦しい。

 苦しい。


 頭も、痛い。

 これまでの人生の中で、何度か味わってきた頭痛は、今の頭痛に比べれば、頭を撫でてもらっていたようなものだ。


 苦しい。


 この苦しみは、いつまで続くんだ?

 こんなのが、あと数時間、いや、数十分でも続けば、俺は苦痛のあまり、発狂してしまう。


 そう感じるほどの、生き地獄だった。


 鋭すぎる痛みで、意識だけはますます覚醒し、気を失うこともできない。


 体中の穴という穴から涙を漏らして悶え、俺は喉から絞り出すように、「だずげで……」と誰かに救いを求めた。


 すると、神様か何かが、その願いに応えてくれたのか、急激に苦痛がやわらいでいくのが分かった。


 ああ。

 気持ちいい。


 いや、気持ちいいのとは、違うな。

 死ぬほどの苦痛が和らいでいくから、別に気持ちがいいわけではないのに、相対的に、気持ちよく感じるのだ。


 ん?

 それはつまり、気持ちいいということじゃないのか?


 どっちでもいいか。


 頭がぼんやりして、変なことを考えているな。


 ……なんにしても、楽だ。

 俺は、誰かの腕に抱かれている。

 身をよじっても、俺の体を落としたりしない、力強い、安心感のある腕だ。


 だばだばと溢れていた涙で、一時的に見えなくなっていた目が、少しずつ視力を取り戻していく。


 一度、二度、三度瞬きをして、俺は見た。

 俺を優しく抱きかかえ、何かの呪文をかけているアーニャの姿を。


 彼女の表情は、聖母のように優し気だったが、可愛らしい鼻から、つぅっと鼻血が垂れていた。俺は震える唇を動かし、思った通りに、言葉を紡ぐ。


「アーニャ、鼻血、出てるぞ……」


 眉をひそめながらも、くすりと笑って、アーニャは言う。


「やったのはきみでしょ。効いたよ。完全に予想外の一撃だったから、十秒くらい、意識が飛んじゃった。それで、目を覚ましたら、きみが泣き叫びながらのたうち回ってるんだもん、びっくりしたよ。だからこうして、治癒の魔法をかけてあげてるってわけ」


「あぁ……そうか……俺が、殴ったんだったな……ごめんな……」


「いいよ。そういうゲームだもん。それより、どんな方法で僕の顔面を殴ったの? さすがの僕でも、どうやったのか、ちょっとわからないんだけど」


 俺は掠れた声で、ところどころつっかえながら、『催眠で脳を騙し、もう一度アクセラレーションを使った』と説明した。アーニャは心底呆れたという感じで、あんぐりと口を開く。


「そ、そんな馬鹿な方法を考えるなんて……無茶苦茶だよ。体壊したらどうするのさ? 非人道的すぎて、僕の頭じゃ、とても思いつかないよ、そんな作戦」


「へへ……びっくりしただろ……?」


「馬鹿、無茶しすぎだよ。こんな、ただのゲームでさ。最悪の場合、強すぎる苦痛で、気が狂ってたかもしれないんだよ?」


「そうだな……もう、二度とやらないよ……でも、そんな、無茶な方法を使ってでも、俺はジガルガを助けたかったし……それに……」


「それに?」


「……お前に、勝ちたかったんだよ。一回でいいから、お前に、きっちり勝ちたかったんだ……お前のこと、凄い奴だと思うから、どうしても、勝ちたかったんだよ……」


 精根尽き果て、治癒の魔法で意識がぼんやりしているせいか、いつもより、ずっと素直に気持ちが言葉になる。

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