第247話 お前の弱点
それでもいいさ。
ダメージが半分なら、さらに手数を増やして、何倍ものパンチを腹に打ち込んでやる。
俺は、疲労で乱れる呼吸を、必死に抑え込むようにしながら、会話を続けた。
「いやね、いつも教えてもらってばっかりだから、一度くらい、俺もお前に、有益なことを教えてやろうと思ってね」
「へえ、なにかな」
「お前、確かに凄いよ。最高の人造魔獣っていうだけある。単純な戦闘力だけでも、とてつもないし、邪鬼眼の術とか、テレパシーとか、その気になれば、もっと複雑な術法だって使えるんだろ?」
「まあね」
「それがお前の弱点さ」
「どういうこと?」
小首をかしげるアーニャに、俺は軽く微笑んで、言う。
「つまり、凄すぎるんだよ。欠点がない。……だから、無意識に、他者のことを下に見てる。特に、下等な人間程度には、何があろうと負けないっていう、絶対的な自信がありすぎるんだ」
「まあ、そうかもね。でも、そういうのは『弱点』じゃなくて、『事実』っていうんだよ。実際、きみはそれだけの装備を身につけながら、僕の顔面に一発入れることもできないんだから」
「それを言われるとつらいけどね。でも、お前の弱点はそれだけじゃない」
「なにかな? 今度は、もっと弱点らしい弱点を指摘してよね」
少し間をおいて、ポツリと、小石を吐くように、俺は囁いた。
「結局さ、お前、真剣じゃないんだよ」
「どういう意味?」
「俺は今、必死に、真剣に戦ってる。ジガルガを、あのクソ店主から取り返したいからだ。でもお前は違う。ご主人様を楽しませるショーさえできれば、それでいい。だから、それほど勝敗にはこだわっていない。違うか?」
「そりゃそうだよ。僕にとっては、ご主人様を楽しませることが一番だからね。まあ、だからといって、わざわざ負けたいとは思わないけど。……それでももし、僕が負ける方が楽しいってご主人様が思うなら、喜んで負けるよ」
ニコニコと笑いながら言い切るアーニャ。
彼女の言葉には、一切の虚飾がない。
心から、そう思っているのだろう。
「だからなんだな。俺と、圧倒的な実力差があるにもかかわらず、さっきから、好き放題にボディを叩かれてる。真剣じゃないからさ。……そういう余裕って、案外、肝心なところで、大きな油断になったりするんだぜ」
「ご忠告どうも。でも僕の余裕も油断も、このゲームを楽しくするスパイスの一つさ。考えてもごらんよ、僕が全く油断をしない戦闘マシーンなら、きみに付け入る隙はないんだからね」
「そりゃそうだ」
そう言いながら、俺は思わずほくそ笑んだ。
実は、今あげた二つの弱点は、アーニャの言う通り、弱点というより、ただの事実だ。
本当の弱点は、別にある。
それは、彼女がおしゃべり好きということだ。
戦いの最中でも、俺が話しかければ、決して無視することなく、すらすらぺらぺらと言葉を返してくるし、喋ってないと運動できないのかと思うほど、動作の合間合間に、いちいち話しかけてくる。
そして、だいたいどんな人間でもそうだが、『話しながらやること』というのは、集中しておこなっていることより、雑になるものである。
それは、最高の人造魔獣でも変わらないようで、アーニャの動き――その精度は、黙って回避行動をしている時より、少しだけ、本当に少しだけだが、雑になるのだ。
そして、アーニャもそのことに気がついているが、別に話を止める気も、動きの精度を修正する気もないようだ。
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