第246話 思い出話
「でもさ、この作戦、致命的な欠陥があるよ。……恐らく、きみが鋭い攻めを繰り出せるのは、どんなに気力を振り絞っても、一分が限度のはずだ。……たった一分だよ? 一分間、僕は防御に専念していれば、いかに鋭い攻撃でも、ぐっ」
話の途中に、ボディに一発、膝蹴りが決まる。
どうだ。
効くだろう。
飛天翼竜のレガースの補助を受けた、まさしく天を飛ぶような勢いの膝蹴りだ。
余裕たっぷりのアーニャの顔が、一瞬苦悶に歪んだのは、ちょっぴり快感だった。
そのまま、アッパーカットで顎を狙うが、寸でのところで、首をよじって回避された。
それでも、刃物のように研ぎ澄まされた拳撃が、アーニャの柔らかそうな頬をかすり、表面に、痛々しい擦り傷を作る。
ちぃっ、惜しい。
『頬をかすった程度の攻撃は無効』というルールじゃなきゃ、今のは、顔面を捉えたと言ってもいいほどの一発だった。
頬には軽く血がにじんでおり、多少は痛いはずだが、それでもめげずに、アーニャは話を続ける。おしゃべり好きも、ここまでくれば大したもんである。
「……ほらね。こうやって、頭部への直撃は確実に防ぐことができる。さあ、きみが
挑発するように笑うアーニャの顔は狙わずに、俺はひたすら、ボディを狙う作戦に切り替えた。
なるべくアーニャにダメージを与えて、動きを鈍らせるためだ。
接近し、渾身の力で、比較的ガードの甘い(頭部を重点的にガードしているので、どうしてもそうなるのだろう)彼女の腹を叩き続ける。
この連撃は、さすがのアーニャにも、かなりの苦痛を与えたらしく、ボディに拳がめり込むたび、「ぐっ」「がっ」っと息を吐いて、攻撃に耐えていた。
何度腹を打たれても、頭部を守る両手を下げて、腹を庇おうとしないのは、大したものである。一瞬でもガードが下がったら、即座にガラ空きになった頭部を狙われると理解しているのだ。
そして、どんなに苦しくても、ボディ攻撃では倒れない自信があるようで、俺が動ける残り十数秒間、頭部をきっちり守っていれば、自分が負けることはないと思っているのだろう。
後は自動的に、疲れ切った俺が、攻撃を受けるまでもなく、戦闘不能になるだけ。
そう、思っているのだろう。
せっかくの秘策だけど、失敗に終わったね。でも、僕相手に、よくやったよ。お疲れ様。
そう、思っているのだろう。
違うんだな、それが。
本当の『秘策』は、今からやるんだよ。
今までのは、全部、前準備さ。
まあ、今までの攻撃で、顔面に一発入れられれば、最高だったんだけどね。
死力を尽くした戦いの中、俺は何故か、アーニャとの出会いを思い出していた。
初めてこいつと話をしたのは、スーリアでレニエルと引き離され、苦しんでたときだっけ。
あの時、ピジャンと戦うために、パンチの打ち方を教えてもらったんだったな。
俺は、相変わらずアーニャのボディを執拗に叩きながら、しみじみと声をかける。
「……なあ、お前には、本当に色々なことを教えてもらったよな。最初に習ったのは、ジャブの打ち方だったっけ」
「どうしたの、急に。まだ思い出話をするような歳じゃないでしょ?」
腹を打たれ、額に脂汗を浮かべながらも、アーニャはおどけたように言う。
さすがだ。
アーニャはもう、俺のボディ攻撃を見切りつつある。
先程から、腹部の急所へ直撃を受けないように、柔軟に身をよじって、ダメージを半減させている。
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