第243話 高速化
ヴィルガと何度も模擬戦闘をして鍛えたこともあり、そのうちのいくつかは、アーニャの足や腹部に命中することができた。
ただ、どれも、ダメージを最小限に抑えるよう、見事に受けられており、当然のごとく、頭部にはかすりもしない。
おまけに、こちらの攻撃が当たるとすぐ、まるで意趣返しのように、同じ方法でアーニャが攻撃してくる。
俺の技とは、次元の違う攻撃力のアーニャの拳足が腹部や大腿部に直撃するたび、相変わらずの、爆弾が破裂したかのような衝撃に、骨の髄まで痛みが走るようだった。
ただ、アクセラレーション呼吸法により、筋肉や内臓が強化されている恩恵なのか、以前に比べると、明らかに、全身に溜まっていくダメージが少なくなっていた(まあそれでも、伝説級の三装備を身に着けていなければ、今頃全身バラバラになっているだろうが)。
頭の中で、『色々と攻撃を受けるうちに、じわじわとそのありがたみが分かってくる』というヴィルガの言葉が再生される。
……さて、試合開始から、そろそろ二分半か。
頃合いかもな。
俺は、一度アーニャから離れ、深呼吸を始める。
すー……
はー……
すー……
はー……
何度も。
何度も。
吸っては。
吐く。
吸っては。
吐く。
アーニャが、おかしそうに問いかけてきた。
「どうしたの? もう、疲れちゃった?」
その問いには答えず、俺は深呼吸を続ける。
すー……
はー……
すー……
はー……
ひーっ。
ひいぃっ。
よし、今だ。
ひぃっ!
鋭く、一気に、息を吸う。
全身が、燃え上がるように、熱くなる。
アクセラレーション、加速モードに突入だ。
リングを蹴り、アーニャに向かって、これまでとは段違いのスピードで猛進する。
飛燕の速さで打ち込んだミドルキックを、綺麗に防御しながら、アーニャは余裕たっぷりに微笑んだ。
「へえ、なるほど。きみの言う『秘策』って、アクセラレーションのことだったんだ」
……こいつ、アクセラレーションのこと、知ってやがるのか。
まあ、スーパー物知りさんだもんな。
知ってても、不思議じゃないか。
俺の加速モード持続時間は、最長30秒。
考えている時間がもったいないので、すぐさま次の攻撃に移る。
顔面へのワンツーパンチ。
それから、ボディへの膝蹴りだ。
アーニャは、ワンツーを華麗なスウェイバックでかわすと、さらに後ろへステップバックし、膝蹴りも回避した。
さすがに、高速化した俺の攻撃を防ぐのは少々神経を使うらしく、彼女の額に、小さく汗が浮かぶのが分かった。
その、汗の雫を拭いながら、アーニャは、先程と変わらぬ余裕の笑みを浮かべる。
「なかなかいい作戦だと思うけど、こんなにすぐ、使っていいの? まだ、二分以上試合時間が残ってるのに。……僕もやったことあるけど、これ、使った後、凄く疲れるでしょ? ちょっと仕掛けるのが早かったんじゃない?」
その言葉に、ゾッとした。
正確には、アーニャの言った、『僕もやったことあるけど、これ、使った後、凄く疲れるでしょ?』という部分に、戦慄した。
僕もやったことある、だって?
いや、まあ、以前、大体の格闘技はできると言っていたし、人造魔獣は恐らく、普通の人間よりはるかに血管は強いだろうから、アーニャがアクセラレーションを使えても不思議ではないのだが……
俺は無我夢中で、次々に攻撃を繰り出しながら、恐怖におびえていた。
アーニャがもし、俺に対抗してアクセラレーションを使用してきたら、これからやる予定の『真の秘策』が、きっと大外れに終わってしまう。
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