第244話 作戦ミス?

 その意味するところはつまり、ほぼ確実な敗北である。


 全力で猛攻を続けながらも、今の俺はきっと、迷子の子供のように不安そうな顔をしているに違いない。そんな情けない俺の様子を見かねたのか、アーニャが優しく、慰めるように言った。


「安心して、僕はアクセラレーションを使わないから。僕ときみの実力差を色々なハンデで埋めて、今、いい感じで拮抗したゲームになってるのに、僕がアクセラレーションを使ってパワーアップしちゃったら、全部ぶち壊しになっちゃうもん」


 俺は返事をせず、代わりにハイキックを放った。

 アーニャはそれを回避しながら、なおも話し続ける。


「おっと、危ないっ。……ま、アクセラレーションを使っちゃ駄目なんてルールはないから、別に使ってもいいんだけどね。僕自身の判断で、禁じ手ってことにしておくよ。ふふっ、あれ、変な呼吸しなきゃいけないから、ちょっとカッコ悪いしね」


 またしても返事をせず、今度はアーニャの右太ももを狙い、ローキックを放つ。

 空気を切り裂くような鋭い蹴りを、見事にブロックしながら、アーニャは言う。


「それに、きみの加速状態の持続時間は、推察するに、だいたい30秒ってところでしょ? もうそろそろ加速が終わるのに、こっちもアクセラレーションを使って対抗する意味はないからね」


 攻撃を続けながら、俺はみっともなくも、安堵の溜息を漏らした。

『見くびるな。使いたきゃ使えよ』などと、虚勢を張る元気はなかった。


 ただのゲームなら、あるいは、賭けているのが今夜の晩飯代程度なら、それでもいい。


 しかし、俺の敗北は、そのままジガルガの死を意味するのだ。


 どんなに情けなくても。

 どんなにみっともなくても。


 負けるわけにはいかない。


 アクセラレーションを使えるのに使わないというアーニャの油断――いや、おごりというべきか。その驕りにすがってでも、俺は勝利しなければならない。


 そんなことを考えているうちに、加速モードの持続時間が終わり、俺はヘトヘトになって、その場に立ち尽くす。


 30秒前より、明らかにやつれてしまった様子の俺を見て、アーニャは『ほら、言ったでしょ』と主張するように、肩をすくめた。


「あーあ、その様子じゃ、もうまともに戦えないんじゃない? やっぱり、アクセラレーションを使うのが早すぎたよ。作戦ミスだね」

「はぁ……はぁ……そうでもないよ。勝負はこれからさ……ごほっ、こほっ……」

「勝負はこれからって、咳き込んでるじゃない……こうなった以上は、もう……」


 呆れたように俺を諭そうとするアーニャの顔面に、拳を放つ。

 その一撃で、もう勝負はついたと油断しきっていたアーニャの顔色が変わった。


 何故なら今のパンチは、この試合が始まってから俺が打ち込んだパンチの中で、最も鋭い一撃だったからだ。


 俺は、フラフラになりながらも、研ぎ澄まされた針のような攻めを繰り返す。


 ゾンビのようになった俺が、なぜこれほど鋭い攻撃を繰り出すことができるのか、さすがのアーニャも困惑しているようで、防戦一方の状態である。


 俺の脳裏に、一週間前から始めたヴィルガとの特訓が、映像となって思い出された。


※※※※※


「わざとアクセラレーションを早めに使って、体を限界まで疲労させる?」


「せや」


「いや、でも、そんなことしたら、試合の途中で精根尽き果てて、勝てる勝負にも勝てなくなりますよ」


「こう言っちゃなんやが、まともにやっても勝ち目はない。ナナがそいつに勝とうと思たら、方法はこれしかない。……そもそも、なんでナナの攻撃は、そのアーニャや、ウチには当たらんのやと思う?」


 しばし考えて、俺は言う。


「それは、その、俺が未熟だから……」

「せやな。未熟――つまり、ナナの攻撃にはな、もうめっちゃ無駄が多いんよ。自分ではわからんやろうけどな」

「いえ、ヴィルガさんと毎日戦って、自分が経験不足のノロマだってことを、嫌になるくらい思い知らされてますよ……」


 ガックリと肩を落としてしまった俺を見て、ヴィルガは笑った。


「ふふ、そないにションボリせんでもええ。今あんた、自分のことを『ノロマ』っちゅうたけど、あんたのスピード自体は、アクセラレーションを使わんでも、ウチとそこまで極端に差があるわけやないんやで」

「えっ、マジっすか?」


 これは、意外な情報だ。

 何をしてもヴィルガに攻撃が当たらないので、シルバーメタルゼリー自慢の素早さも、最近ではかなり自信喪失気味だったのだが。

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