第242話 ゴング
そこで、カーンと、高らかにゴングが鳴った。
リングを囲む観客人造魔獣たちが、大きく歓声を上げる。
えっ、ちょっ、おいっ、待てよ。
まだ伝説級の三装備を着せてもらってないぞ……と慌てて自分の体を見下ろすと、いつの間にか俺の体には、例の三装備――水晶輝竜のガントレット、金剛堅竜の鎧、そして飛天翼竜のレガースが装着されていた。
ホッと、一息吐く。
まったく、着せるなら、着せるって一声くらいかけろってんだ。
俺は気を取り直し、こちらに向かって無警戒に歩いてくるアーニャを見据える。
そして、ポツリと言った。
「……やっぱり、露出度高すぎて、エッチな服装だよ、それ」
ご主人様特製の戦闘服を何度もエッチ呼ばわりされ、さすがのアーニャもやや苛立ったのか、少し頬を膨らませて抗議する。
「もう、さっきからなんなのさ。人の勝負服をエッチエッチって。エッチって言う方がエッチなんだよ?」
「かもな」
そう短く言いながら、俺はアーニャに突進し、顔面に対してジャブを放った。
自分でも姑息な手段だと思うが、話しかけて油断させたのである。
しかし、予想通りというか、アーニャは軽く背を反らし、難なく回避する。
「わぁ、ずるいんだぁ」
こちらを責めるでもなく、楽しげにそう言うアーニャの顔面に、さらに、一つ、二つ、三つ、細かいジャブを打ち込んでいく。
そのすべてを、ヘッドスリップ――頭を小刻みに揺すり、華麗に回避しながら、彼女は流暢にしゃべり続ける。
「うんうん、パンチの打ち方、ずいぶん良くなったね。たった一ヶ月、自己流じゃ、こうはいかないね。誰か、良い先生に教えてもらったのかな?」
よくもまあ、激しく頭を揺すりながら、それだけスラスラと喋れるものだ。
俺は、息を乱さぬよう、パンチを打つ際の呼気と共に、言葉を紡ぐ。
「教えてもらったよ、お前と同じか、それ以上に強い人にね」
問いに答えながらも、さらに三つ、左のジャブを打ち込み、その最後には、右のフックでアーニャの顎を狙う。
しかし、空振り。
なかなか良いコンビネーションだったと思うが、アーニャには俺の動きが丸見えのようだ。
もちろん、そう簡単に勝負を決められるとは思っていなかったが、キレのあるパンチを、こう何度も見事にかわされると、勝つためにはやはり、ヴィルガと特訓した、例の『秘策』を使わなければならないと実感する。
アーニャは、一旦俺から距離を取り、ニコニコと話を始めた。
以前から思っていたが、こいつ、かなりのおしゃべり好きである。
「ふぅん、僕より強い人間なんて、世界中探しても、そう何人もいないと思うけどな。機会があったら、その人に会ってみたいなあ」
「奇遇だな。その人も、機会があったらお前と戦ってみたいって言ってたよ」
「そうなんだ。案外、僕と気が合うかもね。……それにしても、まさか、さっきの奇襲とか、今みたいに馬鹿正直に連続パンチを打ちこんでくるのが、『秘策』ってわけじゃないよね?」
「違うよ」
「良かった。この程度の攻撃、五分どころか、五時間続けても、僕の顔面を捉えるのは不可能だからね」
「だろうな」
「もう、一分経過したよ? そろそろ、その『秘策』を使った方が、いいんじゃないかな?」
「慌てるなよ。タイミングが難しいんだ」
そう言って、再び俺はアーニャに突進していく。
おしゃべりはしばらくお休みだ。
正拳。
上段回し蹴り。
ボディブロー。
肘打ち。
ローキック
膝蹴り。
後ろ蹴り。
思いつく限りの攻撃を、一連のコンビネーションにして、連続して打ち込んでいく。
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