第238話 マッサージ

「ウチは、武術を使って金もうけするの、あんまり好きやないの。鍛えた技と力は、もっと正しいことのために使うべきや」

「へえ、意外と、ちゃんとしてるんですね」

「意外とはなんや、意外とは。ウチはいつだってちゃんとしとるわ」


 一ヶ月間、寝食を共にしたことで、俺とヴィルガは互いに軽口をたたけるほど、関係を深めることができていた。


 怒ると怖いし、底知れない凄味があるヴィルガだが、基本的には温厚で、人懐っこい性格をしているから、俺としても気が合い、彼女と話をするのは楽しかった。


 腰のあたりのマッサージが終わり、今度は肩の周辺をポコポコと叩きながら、ヴィルガが問うてくる。


「ところで、試合開始って、いったい何時なん?」


 あれ?

 そう言えば、何時だっただろう?


「……その、確か、開始時間の取り決めはしてなかったと思います」


「ふぅん。せやったら、夜までゆっくり休むっちゅう手もあるな」


「そうですね。でも、やっぱり昼までには、行こうと思います。前に試合をしたのが昼頃でしたから、午後になると、厳密には一ヶ月という期限を超えることになりますし、連中がジガルガに何をするか分かりませんから」


「さよか。ほな、マッサージが終わったら、軽く飯食って、もうひと眠りしとき」


「そうします」


「ナナが起きるころには、ウチは昼間の巡回に行っとるから、見送りはしてやれんけど、頑張るんやで」


「うす。一ヶ月間、本当にお世話になりました」


 その後、ヴィルガの指示通りに軽食をとり、再び布団に入る。

 連日の疲れもあり、俺は午前11時まで、泥のように眠った。


 目を覚ますと、エネルギーを補給するため、もう一度しっかり食事をして、身支度を整える。


 玄関ではイングリッドが、すでに出立準備万端といった様子で、俺が出てくるのを待っていた。アルモットに戻るため、テレポーターを利用するのに、またしても彼女の身分と財力のお世話になる。


 俺は、この一ヶ月修行に明け暮れた、『道場』とでも言うべき庭に一度頭を下げ、出発した。


 だんだんと太陽が高く上がっていき、チリチリと肌を焼くような日差しのレグラックの路地を、イングリッドと肩を並べて歩きながら、俺は口を開く。


「……その、なんだ。やっぱり、テレポートにかかる費用は、そのうちさ、少しずつだけど、返してくよ。何もかも、お前の世話になりっぱなしってのは、ちょっと図々しすぎるしさ」


「気にする必要はない。私がやりたくてやっていることだからな。あなたのおかげで、私もこうしてレグラックに来て、久しぶりにお師匠に稽古をつけてもらい、大変有意義な一ヶ月だった」


「いや、でもさあ。やっぱり、借りを作りっぱなしっていうのは……」


「そんなに借りを返したいなら、そのうち、乳の一つでも揉ませてくれ。それでチャラにしよう」


「えっ、それはやだ……」


「尻でもいいぞ?」


「それもやだ……」


 そんなことを話しているうちに、テレポーターに到着し、文字通り、瞬く間にアルモットへとテレポートする。


 久方ぶりのアルモットの町は、レグラックよりずっと気温が低い(と言っても、レグラックが高温すぎるだけで、アルモットの方が平均的な気温なのだが)こともあり、随分と肌寒く感じた。


 まあ、これなら、散歩してるだけで汗が垂れ落ちてくるレグラックより、試合中のスタミナの消費は抑えられるだろう。マラソン大会とかも、暑い地方より、涼しい地方の方が、良い記録が出やすいって言うしな。


 ヴィルガのマッサージと仮眠のおかげで、体の疲れも、グッと楽になった。

 前回の試合時間は、確か五分だったな。

 五分くらいなら、まったく疲労の影響なく、戦い続けることができるだろう。

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