第237話 当日

 ヴィルガは、『なんだ、そんなことか』とでも言いたげに、微笑する。


「せやなあ。あんたの目的が、強くなって名をあげたいとか、金もうけをしたいとかやったら、まあ、それでも、インコの知り合いやから、指導はしてやったやろうけど、ウチも、ここまで親身になったりはせんかったと思うよ」


 庭から、ボロボロの家を見渡すようにして、ヴィルガは言葉を続ける。


「この家、ウチの友達の家やったって、前に言うたやろ? ……ウチはな、旅をしとって、友達を助けることができんかった。死んだことに、気がつきもせんかった。やからかな。あんたには、ウチにできんかったことを、やってほしいんよ。不思議やろ? あんたが、そのジガルガを助けたところで、ウチの友達が生き返るわけでもないのにな。でも、なんとなく、ウチの気持ちが、救われる気がするんよ」


「ヴィルガさん……」


「さて、湿っぽい話はここらへんでやめとこうや。今日からは、今まで以上の地獄の特訓やで。『体の動く限りやる』っちゅうたことを、後悔せんようにな」


 そう言って、孤独をごまかすように笑うヴィルガへ、俺は力強く頷いた。

 滝のように流れていた汗が、自身の熱い決意と闘志で、蒸発していくような気分だった。



 そして、瞬く間に一週間が過ぎ、とうとう、アーニャとの再試合の日がやって来た。


 日の出と共に目を覚まし、俺は、庭に出て軽くストレッチをする。

 この一週間、ヴィルガの言った通り、まるで地獄のような猛特訓を積んだので、かなり体に疲れが残っている。


 しまったな。

 昨日一日くらいは、完全に休養して、疲労を抜くべきだったか。


 そんなことを考えている俺の頭に、声が響いてくる。


「早起きやなー、今日は、試合当日なんやから、もう少し寝とってもよかったやろに」


 寝起きで、大きく浴衣をはだけさせたヴィルガが、あくびをしながら庭に降りてきた。


 彼女はあまり寝相が良くないので、朝は大抵、着衣が乱れている。

 今朝も、浴衣が肩の下あたりまでずり下がり、たわわな乳房が半分以上見えてしまっていた。


 俺は、朝の挨拶と、身だしなみの指摘を、同時にすることにした。


「ヴィルガさん、おはようございます。おっぱい、はみ出てますよ」

「おっとっと、こりゃ失礼」


 てへへと照れくさそうに笑い、浴衣の襟を直しながら、ヴィルガは言葉を続ける。


「体調はどうや? 昨日も限界まで特訓しとったから、相当疲れとるんとちゃうか?」


 その通りだった。

 痛む膝、腰、肩をさすりながら、答える。


「まあ、仕方ないですよ。限界までやらなきゃ、例の『秘策』の練習になりませんしね」

「せやな。でも、疲れすぎて、100%の力が出せんかったら、それはそれで問題やから、今日一日くらいは元気いっぱいで動けるように、今からちぃっとマッサージしたるわ」


 そりゃありがたい。

 俺はストレッチを切り上げ、ヴィルガと一緒に寝室へ戻ると、彼女に促され、布団にうつ伏せで寝た。


 ヴィルガは俺の背に跨ると、優しくも力強い手つきで、強張った筋肉を揉みほぐしていく。

 本職顔負けのマッサージに、思わず、呆けた声が漏れてしまう。


「あぁ~……いい感じっす。ヴィルガさん、マッサージ上手いっすね」

「せやろ。昔、諸国漫遊しとったとき、路銀を稼ぐために、マッサージ屋でバイトしたことあるからな」

「ヴィルガさんなら、そんなことするより、用心棒でもやった方が、もっと稼げるんじゃないですか?」

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