第239話 決闘の美学
アルモットの裏路地に入り、決戦の場である、例の古道具屋に向かう。
その途中、イングリッドが足を止めた。
そして、静かに口を開く。
「顔つきが変わってきたな。そろそろ、試合をする場所につくのか?」
「そうだけど、どうかしたか?」
「やはりそうか。では、私は近くの公園で時間を潰すとしよう。最近の公園は、遊具の代わりに体を鍛える鉄棒があったりして、結構楽しいんだ。トレーニングをしながら、あなたの勝利を祈っているよ」
「えっ、ちょっ、一緒に来てくれないの?」
「当然だ。あなたは、今から試合――つまりは、決闘に行くのだろう? 決闘というものは本来、ぞろぞろと付き添いを連れて行くものではない。戦う二人と、立会人が一人、それが正式で、美しい決闘の様式だ。以前あなたから聞いた話では、この試合の立会人は、なかなか公正な判定をする人物のようだし、私が着いて行くことは、決闘の美学に反する」
「そ、そういうもんなのか?」
「そういうものだ。では、失礼する」
そう言って、イングリッドは近場にあった公園へ走っていき、備え付けの鉄棒で懸垂を始めた。
……『この試合の立会人』とは、例の店主のことを言っているのだろう。
以前、イングリッドに前回の試合の顛末を話した時、三千年も生きている店主や人造魔獣については、ちんぷんかんぷんな反応だったが、試合の当事者と立会人で判定を決めるという公正さについては、武人として感じ入るものがあったということか。
まあ別に、一緒に来たところで、イングリッドに加勢してもらうわけにもいかないので、試合には影響ないのだが、それでも急に一人になると、少しだけ心細くなる。
ええい、弱気になるな。
この一ヶ月、やるだけのことはやったのだ。
後は、努力の成果を発揮するだけだ。
そうやって自分を鼓舞しているうちに、古道具屋の前に到着したので、俺は一度深い呼吸をして、中に入る。
「いらっしゃいませ、ナナリー様、お待ちしておりました!」
俺を出迎えたのは、見たこともない小柄な少女だった。
頭にメイドのようなカチューシャを着け、服装はファミレス店員によく似ている。
顔立ちは、あのアーニャに似ていなくもないが、やはり違う。
誰、この子?
思ったことが、そのまま口から出る。
「きみ、誰?」
「はい! 名前はありません!!」
「えっ、どゆこと?」
「はい! 私は、ナナリー様を試合場に案内するために作られた人造魔獣です! 特に命名されていないので、名前はないんです! ごめんなさい! ごめんなさい!! 許してください!!!」
「い、いや、別にそんな、謝らなくていいよ。……じゃあ、その、案内してもらえるかな」
「わかりました! ご案内します!! こっちです!!!」
こ、声でかすぎだろこの子……
あのクソ店主、ボイスのボリューム設定を一桁くらい間違えたんじゃないのか。
俺は、大声の人造魔獣に導かれるようにして、古道具屋の地下に向かった。
なんだか、前に来た時より、階段が長くなってる気がする。
気になって、前方を行く大声の人造魔獣に、俺は尋ねた。
「この店、改築とかした?」
「はい! ご主人様は!! 定期的に建物内の空間を分解、再構築して!!! 魔術因子による物質の液状化をコントロールし!!!! 四次元的構造を広域に展開しながら!!!!! 新しい部屋を次々と!!!!!!」
「ご、ごめん、聞いておいてなんだけど、もういいよ。黙って歩いてくれるかな」
「わかりました! 黙ります!!」
聞いた俺が馬鹿だった。
理解不可能な難しい内容が、どんどんボリュームアップする超でかい声で脳に響いてきて、二重に頭が痛くなる。
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