第231話 当たり前の仁義
静かにそう語るヴィルガの瞳には、深い悲しみと共に、黒い炎のような憎しみが、渦巻いていた。
今の話で、廃屋と表現しても過言ではないこの家に、何故ヴィルガが住み、線香をあげ続けているのか、やっと理解できた。亡き友と、その家族の魂を、弔い続けているのだろう。
「ほんでな、ウチは決意したんや。レインズ・カルテルを乗っ取って、このレグラックから、薄汚い薬と、それを商売のタネにしとる外道どもを一掃したるってな。んで、思い立ったが吉日や。その日のうちに、レインズ・カルテルの本部事務所に乗り込んで、幹部どもを叩きのめし、実力で、ウチが新しいボスやって認めさせたったわ」
「さすがお師匠。圧倒的な暴力で、即日、すべてを解決するそのパワー、痺れます」
イングリッドが、感銘を受けたように大きく頷く。
この師弟、やっぱり似てるな……
しかしヴィルガは、力なく首を横に振った。
「いや、幹部どもを叩きのめして、それですぐ解決とは、いかんかった。莫大な利益を生む薬物のビジネスに執着する者は、末端の構成員にも山ほどおってな。まあ、心の底まで腐った外道どもは、ぶち殺して魚の餌にすればええから、楽やったんやけど……」
今、凄く怖いことを言った気がするが、聞こえなかったことにしてスルーする。
「根っからの悪ってわけでもない連中は、さすがに殺すわけにはいかんやろ? やから、徹底した教育を施すしかなかった。『ヤクは許さん! 堅気に迷惑をかけるな!』っちゅう、当たり前の仁義を教え込むまでに、三年もかかってもうたわ」
「三年で、地域から薬物を一掃できたなら、凄いじゃないですか」
俺は素直に感心して、言った。
「それでも時々、昔の羽振りの良さが忘れられんのか、今日みたいに、隠れて薬物の商売をする、どうしようもないのが出てくる。だからウチが、定期的に街を巡回して、そういう連中に睨みを利かせとかなあかんのよ。……因果なことやが、長らくヤクの撲滅に必死やったから、あの独特の匂い、覚えてしもてな。多量の取引なら、近くを通りかかれば、まず間違いなく、分かるんよ」
「へえ、凄いですね」
「ふふ、ウチが狼の獣人なら、もっと鼻が利いたかもしれんけどな。……戻ってきたばかりの頃と違って、今では信頼できる部下も
ふぅーむ、なるほどね。
話しているうちに、少しぬるくなったお茶を一口すすり、気になったことを、俺は問うた。
「そういえば、あちこちの屋台とか、店の人と話してたのは、何か意味があるんですか?」
「たいしたことやないよ。最近困ったことはないか、聞いとっただけや。レグラックは観光地やからな。歓楽街も多いし、割とトラブルが発生しやすいんよ。ヤクザとまではいかんでも、世の中、荒くれものはいっぱいおるからな。んで、いざこざが起こっとったら、その間を取り持って、大問題に発展する前に、まぁるく治めるのも、ウチの仕事や」
なんとまあ。
薬物撲滅と、組織改革の間に、住民のトラブルにまで気を砕いているのか。
「それは、その、立派だと思いますけど、組織のボスが、そこまでしなくても、いいんじゃないですか? それこそ、部下の人に任せてもいいんじゃ……」
「かもな。まあ、これはある意味、罪滅ぼしなんよ。レグラックが薬物で滅茶苦茶になってしもた原因の一つは、ウチやからな」
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