第232話 けじめ

「えっ、なんでです?」

「だって、そうやろ。ウチが、自分勝手に実家と縁を切って旅に出たりせず、順当にレインズ一家を継げば、絶対に違法薬物を使った商売に手を出すことは許さんかった。ウチが自由気ままに、楽しい毎日を送っとった間に、レグラックは、どんどん地獄へと変わっていってしもたんや。まったく、自分が情けなくなるで」


 悔しそうに、ヴィルガは小さく唸った。

 この人、思ったより責任感が強いんだな。


「でも、組織が変わってしまったのは、ヴィルガさんがレグラックを出たあとなんだし、あなたが『原因』とまでは、いかないんじゃないですか? 一番悪いのは、その、薬を扱いだした、バセロって人ですし……」


「あるいは、そうかもしれん。でも、『原因』ではないとしても、『責任』の一端は、間違いなくウチが背負うべきや。やから、そのけじめの一つとして、あのバセロのクズ野郎は、絶対に見つけ出して、始末せなあかん」


「えっ、バセロって、生きてるんですか?」


 幹部連中を叩きのめした時に、一緒にやっちゃったのかと思ってた。

 ギラリと、ヴィルガが歯を剥き、唸りを上げる。

 抑えきれない怒りが、業物のナイフのように尖った牙を、鈍く輝かせているように見えた。


「……これは、幹部の一人に聞いた話なんやけどな。ウチがレグラックに戻ってくる半年ほど前、バセロの奴が、突然、こんなことを言ったそうや。『やっぱり、薬物を商売の道具にするのは、よくないね。うん。こういうのは、高潔な人間のすることじゃない。うん。私は、もう嫌だな、こういうの』」


「え? でも、薬物を扱いだしたの、その、バセロなんですよね?」


「せや。さらにバセロは、こう続けた。『それに、こういう犯罪組織のトップも、飽きたな。悪人たちに崇められても、あまり面白くないからね。やはり、善人から尊敬される方がいいなあ。もう、ボス、やめようかな』」


「えぇ……なんか、滅茶苦茶ですね」


「それで翌日、『後はきみたちの好きにして』という書き置きだけ残して、レグラックから姿を消したそうや。それ以降は、残った幹部たちが、バセロの事業を引き継ぎ、レインズ・カルテルを運営しとったらしい。……ふざけとるやろ。何が『高潔な人間のすることじゃない』や……おどれが始めたことやろが……!」


 突然、部屋全体が振動を始めた。


 軽度の地震かと思ったが、そうではない。

 怒りに震えるヴィルガの闘気が、建物全体を揺らしているのだ。


 揺れは、どんどん強くなる。

 このままでは、ただでさえ崩れ落ちそうなこの家が、バラバラになりかねない。


 ヴィルガもそのことに気がついたのか、ハッと我に返って笑みを浮かべると、いつもの調子で、朗らかに話しだした。


「あぁ、あかんあかん、堪忍な。今ここで怒っても、しゃーないのに……」

「い、いえ……」

「せっかくやから、この写真、見てもらえるか」


 そう言って、ヴィルガは懐から、一枚の写真を出した。

 金色の髪をオールバックにまとめた、柔和そうな男が写っている。


 年齢は、二十代と言われれば二十代に見えるし、四十代と言われれば、四十代にも見える。なんというか、子供がそのまま大人になったような、幼げな顔立ちだった。


「こいつが、バセロや。ガキみたいなつらしとるが、これでも46歳や。もしも、どっかでこいつを見かけたら、ウチに教えてや。いつ、どこで、何をしとっても、すぐに飛んで行って、八つ裂きにしたる」


「わかりました。記憶にとどめておきます」


「おおきに。……とまあ、ウチの身の上話はこれでしまいや。簡潔にまとめるつもりやったけど、思たより、長なってしもたな」


 ふううぅ……っと、大きなため息が聞こえる。

 発しているのは、ヴィルガではなく、イングリッドだった。

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