第230話 バセロ・レインズ

 なんとなくだが、平和な一般社会で生きている雰囲気ではない人だったので、俺はそれほど驚かなかった。だが、イングリッドは違ったようで、路地裏全体に響くような大声を張り上げる。


「お師匠は、ヤクザだったのですか!?」


「ちょっ、大きい、声、大きいって……」


「私と出会ったときは、旅の武闘家だと言っていたじゃないですか! あれは嘘だったのですか!? 騙したのですか!? 私を!?」


「べ、別に嘘やないよ……あの時は、本当に、ただの旅の武闘家やったんや。今、こんなことになっとるのは、その、いろいろ事情があってな」


「事情って何ですか! どうして、今まで秘密にしていたのですか!?」


「い、いちいち怒鳴るのやめてや。そんな大声出したら、裏路地でも、誰が聞いとるか分らんやろ。……別に秘密にしとったってほどでもないんやけど、その、詳しく言わんかった理由は、あの、お前、ヤクザとか、そういうの嫌いやろ?」


「嫌いです! 死ぬほど!」


「せやろ? やから、言い出しにくかったんや。ウチかてヤクザもんは嫌いや。今の立場かて、事情があって、実家の仕事を渋々継いだようなもんやからな。……はぁ、こうなったらもう、全部話しておいた方が、お互いにスッキリして、ええかもな。ここじゃなんやし、続きは、家に帰ってしよか」


 というわけで、物陰に隠れていた俺も、ヴィルガ、イングリッドと共に家に戻り、ちゃぶ台を囲み、お茶を飲みながら、話をすることになった(薬物の入ったアタッシュケースは、帰り道で、ヴィルガが手下に渡し、処理させたようである)。


「……さて、あんまりタラタラ話すようなことでもないし、要点だけ、簡潔に言うな。ウチな、まだ十代の頃、ヤクザ稼業をやっとる実家が嫌でな。せやから、スパッと縁を切って、武闘家として、自由気ままに諸国漫遊をしとったんや。んで、そん時に、インコと出会ったっちゅうわけやな」


 俺は、一口お茶を啜って、聞いた。


「その『ヤクザ稼業をやっとる実家』が、『レインズ・カルテル』ってことですね」


 ヴィルガもまた、少しお茶を飲み、頷きながら答える。


「昔は『レインズ一家』って名前で、一応、堅気さんには手を出さん、人の道に外れたことはせんヤクザやったんやけどな。それが、十年ぶりに、このレグラックに帰ってきたら、驚いたで。中堅クラスの組織やったレインズ一家が、レグラック一帯のヤクザ団体を全て支配する大規模組織、『レインズ・カルテル』になっとったんやからな」


「へえ……」


「組織が急激に力を伸ばしたのは、ウチの親父が病気で死んで、その弟……つまり、ウチの叔父である、バセロ・レインズが組織を仕切るようになったんが、大きかったらしい。まあ、ウチは実家とは縁を切った身やから、『レインズ・カルテル』がどうなろうと、干渉せんつもりやった。でもな……」


 そこでヴィルガは、一旦言葉を切り、苦虫を噛み潰したように、眉を顰める。

 自らの気持ちを落ち着かせようと、一度、二度、深い呼吸をし、言葉を再開した。


「バセロは、違法な薬物をレグラック中に蔓延させて、ボロ儲けし、『レインズ・カルテル』を大きくさせたんやと、分かった。ウチが戻ってきたころのレグラックは、酷いもんやったで。老いも若きも、男も女も、みんな薬漬けやったからな。ママゴトとして遊んどるようなチビスケまで、ヤクやっとるんや。ほんま、最悪やったで」


「そ、そりゃ酷いですね……」


「おまけに、バセロの扱っていた薬は、常習者を攻撃的にさせるみたいでな。……この家、ボロボロやろ? ここな、元々、ウチの友達の家やったんよ。ヤクザ者やない、堅気さんで、それでも、ウチみたいなのと仲良くしてくれる、優しい子やった。それがな、ヤクを買う金欲しさの強盗に、一家皆殺しにあって、この有様や。ほんま、酷い話やろ……」

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