第229話 正義と信念の問題
後に残ったのは、一応は、気持ちが落ち着いた様子のヴィルガと、開きっぱなしのアタッシュケースだけ。
それで、とりあえず、路地裏での惨劇は終わったらしい。
あまりの事態に、茫然としたまま一部始終を見ていた俺は、やっとこさ正気に戻り、額から垂れ落ちる冷たい汗を、手で拭う。
隣にいるはずのイングリッドに声をかけようとするが、彼女の姿は、なかった。
数瞬遅れて、探すまでもなく、イングリッドの姿を視認する。
なんと彼女は、いつの間にかヴィルガの前に出て、その鼻先に、魔装コユリエを突き付けていた。
イングリッドは、硬く、絞り出したような声で、ヴィルガに問う。
「お師匠。なぜ、今の男を殺したのですか。それも、満足に申し開きすらさせずに」
ヴィルガは驚いた様子で、「なんでインコがここにおんねん?」と言い、首をかしげた。そのひょうきんな仕草は、先程までの冷酷なヴィルガとは似ても似つかず、俺の知る、柔和な彼女の顔だった。
イングリッドは、ヴィルガの問いには答えず、より一層、緊張感のこもった言葉を投げかける。
「お師匠、私の質問に答えてください。もしも、罪のないものを、問答無用で殺めたのなら、いくらお師匠でも許せません。私は、あなたを切ります」
しばらくの沈黙。
それから、ヴィルガが、微笑と共に溜息を漏らした。
「……なるほどな。おおかた、ウチが昼間、何しとるか気になって、つけてきたってとこか。それにしても、ウチを切るとは、大きく出たな。インコの腕でウチを切れると、本気で思うとるんか?」
「できる、できないではなく、これは正義と信念の問題です。お師匠が、人の道に外れた殺人者なら、このまま見過ごしてはおけません。たとえ返り討ちに遭うとしても、私は戦います」
毅然とそう言い放ちながらも、言葉の最後は、かすかに震えていた。
戦えば、まず間違いなく殺されると、理解しているのだろう。
ヴィルガは、もう一度溜息を吐き、ゆっくりと、言い聞かせるように、言葉を紡いでいく。
「あのなあ、インコ。お前のそういうとこ、なかなか立派やと思うけど、ちぃっと早合点がすぎるわ。ウチが、意味もなく人殺しなんかするわけないやろ。今、お前、『人の道に外れた』とかなんとか言うとったな。……人の道に外れたことしとったんは、今の二人組の方や。これ、見てみい」
ヴィルガの指さす先、そこには、開いたままのアタッシュケースがあった。
中身は、先程視認した通り、白い粉の山である。
そして、さっき耳に入った、『レインズ・カルテルは、もう二度とヤクの取引はせん』という、ヴィルガの言葉。
頭の鈍い俺でも、この白い粉が、非常にイリーガルで、社会的によろしくない薬だということが分かった。
数秒遅れて、イングリッドも、そのことが理解できたらしい。
魔装コユリエを下ろしながら、言う。
「では、お師匠は、違法な薬物の取引をしていた者を、
「成敗とは、ちぃっと違うな。……せやな、自分で、けじめをつけたっちゅうんが、一番正しい表現やな。恥ずかしながら、今の二人組な、ウチの手下なんよ」
「手下?」
「なるべくなら、知られたくなかったんやけどな。ウチな、『レインズ・カルテル』っていう、まあ、分かりやすく言えば、ヤクザ組織の、その、な、まあ、なんちゅうん? ボス? みたいなの、やっとるんよ」
本当に、知られたくなかったのだろう、歯切れ悪く、ヴィルガはぽつぽつと言葉を発していく。
……やっぱり、最初の印象通り、この人、女ヤクザだったのか。
それも組織のボスとは。
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