第212話 闘いの鬼

 俺は、壊れた鍵を修理しながら、彼女に問いかけた。


「それで、賞金首狩りの旅はどうだった?」

「楽しかったぞ! 仕留めた賞金首の数は、ざっと26人だ。どいつもこいつも、殺人や強盗、誘拐などを、まるで呼吸するようにおこなっていた極悪人ばかりだぞ」

「へえ、そんな奴らを仕留めたなら、そりゃ、世の中が平和になって大変結構なことだ」


 イングリッドは、鞘から剣を抜き、ぬらりと輝く刃をうっとりと眺めながら、甘く囁く。


「ふふふ、見てくれ。魔装コユリエも、悪党どもの血を吸って、大いに喜んでいる……実に意義深い旅だった……」


「お前、ときどき怖いこと言うよな……。だいたい、前に、人を傷つけるのはあんまり好きじゃないって言ってなかったか?」


「相手が極悪人なら話は別だ。私のお師匠は、いつもこう言っているぞ。『悪党には容赦するな。悪・即・殺』とな」


「お前のお師匠も、相当ぶっ飛んでるな。そのお師匠も、聖騎士なわけ?」


「お師匠は七聖剣の一人だが、聖騎士ではないよ」


「なにそれ? 矛盾してない? ラーメンだけど麺類じゃないみたいな」


 出しっぱなしだったコユリエを再び鞘に戻し、イングリッドは柔和にほほ笑んだ。


「七聖剣は、必ずしも聖騎士である必要はないんだ。リモール王国の圧倒的な武力を、他国に誇示するための象徴のようなものだからね。とびぬけた力を持ったつわものに、外部委託のような形で、七聖剣になってくれないかと頼むことがあるんだ」


「えぇー、そんなんでいいのかよ。大学の客員教授みたいだな」


「もちろん普通は、体裁を保つために、形だけでも聖騎士団に入ってもらうのだけどね。お師匠は、その、そういうの面倒くさいらしくてな。リモールの歴史上初の、聖騎士じゃない七聖剣なのだ」


「ふぅん。んで、そのお師匠って、強いの?」


「強い。私など、足元にも及ばぬ強さだ」


「マジか。ほら、あれ、なんだっけ、七聖剣の序列は何位なの?」


「私の妹――ベルサミラに次ぐ二位だ。だが七聖剣序列は、道場での試合形式で、近代的な剣術の実力を測って決めるものだから、野生の環境での殺し合いなら、恐らくお師匠の方がベルサミラより強いだろう」


「野生の環境……? お前の師匠って、本当に人間なの? 虎か何かじゃないのか?」


 いぶかし気な俺の言葉がおかしかったのか、イングリッドは軽く吹き出して、会話を続ける。


「当たらずとも遠からずといったところだな。お師匠は、虎の獣人だ」


「ほお、獣人。人間より、闘争本能や身体能力に優れてるっていう、あれか」


「ああ。ご主人は、その獣人たちの集まる、世界最高峰の武術大会で優勝したこともあるほどのお人で、武術の世界ではちょっとした有名人だよ。だから、多くの武術家たちが、尊敬と畏怖の念を込めて、こう呼ぶんだ。『たたかいの鬼――闘鬼とうき、ヴィルガ・レインズ』とな」


 闘鬼、ヴィルガ・レインズか……

 聞くからに強そうな名前だ。


 うん?

 ちょっと待てよ。

 武術大会で優勝ってことは、そのヴィルガは武術家なのか?


 俺は、思ったことを、ほとんどそのまま口に出した。


「そのヴィルガさんって、剣士じゃなくて、武術家なの?」

「お師匠は、武芸百般すべてに通じている。中でも、素手での殺人術はもっとも得意とするところだ」


 殺人術って……

 先程から、若干不穏な単語がバンバン飛び出してちょっと不安になるが、まあ、それは置いておこう。


「そ、それで、お前の師匠だっていうくらいなんだから、人に教えるの、上手だったりする?」

「上手なんてものじゃないぞ。お師匠は、人格がちょっとアレだが、指導者としては世界一だと私は思っている。父に見捨てられた私を、七聖剣になれるまでに鍛えてくれたお人だからな」

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