第211話 指導は苦手

「そういやそうだったな。……そのわりにあんた、全然このジムに顔出さないよな。ジム生への指導は、全部トレーナーがやってるし、あんたが直接教えなくていいのか?」

「ワシ、指導とかそういうの、苦手なんじゃよ。前にも言った気がするが、強くなるには実戦経験が一番じゃと思っておるからな。それでも、まあ経営者として、たまには顔を出さんといかんから、今日はちょっとだけ来たっちゅうわけじゃ」


 ふーむ。

 この爺さんもかなりの達人なわけだし、場合によっては教えを乞いたかったが、本人が『指導が苦手』と言うくらいだから、効率的な修行はできないかもしれないな。


 ジガルガにも、当然のことだがアーニャにも頼れない今、短期間で強くなるためには、優秀な指導者が絶対不可欠なのだが……


 俺は、少し思案して口を開く。


「なあ爺さん。あんたの相棒のタルカスは、素手でも相当強いだろ? 武術の指導とか、できるかな?」


「そうじゃのお……ああ見えて、なかなか細かいところに気がつく男だから、ワシよりは指導は上手いじゃろうな」


「そっか。じゃあ、あいつに色々、教えてもらおうかな」


「いや、そりゃ無理じゃろ。あの超奥手男が、女の子に指導なんてできるはずないわい。武術の修行は、ただでさえ肌が触れ合うことが多いからの」


 うーん、やっぱりそうかー。

 余計なこと考えずに、今まで通り、ジムで普通に訓練を続けるのが、一番いいのかもな。


 ……でも、普通の訓練で、あのアーニャとの力の差が埋まるだろうか?


 まあ普通と言っても、超スパルタトレーニングだから、体力筋力は大いにアップするだろうが、身体能力が上がったくらいで、アーニャの顔面に一発ぶちこめるようになるとは、到底思えなかった。


 それでも、二時間ほどジムでトレーニングして、それから俺は宿に帰った。


 自分の部屋の前に来た時、俺は足を止める。

 中から、物音がしたからだ。

 ノブを触ると、鍵が開いていた。


 おかしいな。

 この部屋の鍵は、俺の持っている一つだけで、合鍵はない。

 そう思ってノブを再確認すると、力任せに開けたように、鍵の部分が壊れていた。


 ちくしょう、なんてことしやがる。

 泥棒なら、ピッキングなりなんなりで、もっとスマートに開けろよな。


 ……いや、これは、泥棒じゃないな。

 今自分で言ったばかりだが、泥棒ならピッキングや、窓からの侵入を試みるはずだ。


 こんな強引で馬鹿なドアの開け方をする奴は、俺の知る限り一人しかいない。


 ゆっくりとドアを開くと、イングリッドが部屋の中でスクワットをしていた。

 彼女は、特にやることがないと、だいたいこうして筋トレを始める。


 重たい聖騎士の鎧を着たままやるスクワットが特にお気に入りのようで、以前、『無心で体を上下させていると、何時間でも暇を潰せる』と自慢していた。


 イングリッドは俺の姿に気づき、スクワットを中断すると、嬉しそうに顔を綻ばせ、こちらに駆け寄ってくる。


「おお、あなた! ただいま! ひさしぶりだな!」

「うん……おかえり。一応聞くけど、なんでドアの鍵、こわしたの?」

「? 鍵がかかってたら、中に入れないだろう?」

「うん……そうだね……次からは、壊さないでね……」

「わかった、なるべくそうする。約束だ」


 たぶん、次に同じような機会があっても、今の約束、その頃にはもう忘れてるだろうな……


 まあ、それはそれとして、今日は色々あって、一人ではいたくない気分だったから、こうしてイングリッドが帰って来てくれたのはありがたい。

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