第210話 一日も無駄にはできない

「わかってないねえ、ナナリーくん。いいかい? アーニャは、私の作った人造魔獣の中でも、一番の傑作だ。その傑作に、今更手を加えるなんて、道理の分からぬ無粋者のやることだよ」

「そうそう。それに、人間とのかかわりを通して、自然に感情が豊かになるっていうシチュエーションがいいんじゃない。馬鹿だなあ、ナナリーちゃんは」


 道理の分からぬ馬鹿な無粋者で悪かったな。


 なんか、こいつらと話してると、調子が狂ってくるぞ。

 やたらとフレンドリーだしよ。


 さっきから、仲良くするだのなんだのとほざいているが、ジガルガのことで、俺が怒ってるの、分かってねえのか?


 あるいは、俺の気持ちなど、どうでもいいのか。

 こういう連中を、サイコパスっていうのかな。


 まあ、どうでもいいか。

 大事なのは、こいつらのことより、一ヶ月後、確実にジガルガを助けてやることだ。


 俺は、小さなジガルガの頭を撫で、力強く宣誓した。


「悪いな、あれだけ大口叩いたのに、引き分けなんて、玉虫色の決着になっちまって。一ヶ月したら、絶対助けてやるからな」


「我のことより、ぬしに怪我がなくて良かった。……なあ、我のことは、もういいんだ。確かに、まだ生きたい気持ちはあるが、創造主様のご子息様の研究の足しになれるなら、この命尽きるとしても、不満はない。だから、もういいんだよ。ぬしが、我のために一生懸命になってくれた、その気持ちだけで充分だ。再試合など、しなくても……」


「いやだね。お前が何と言おうと、俺はやるよ。それに、命が尽きても不満はないって、死んだらもう、唐揚げが食えなくなるんだぞ? それでもいいのか?」


「うっ……それは……少々未練はあるが……」


「なっ。サイコ野郎の実験台になって死ぬより、生きてた方が絶対楽しいって。待ってろよ。今度こそ、楽勝でアーニャの奴をぶん殴ってやるからな」


「うむ……すまぬ……」


 そんな俺たちのやり取りをじっと見ていたようで、店主とアーニャが、感慨深げにつぶやく。


「見ろアーニャ、感動的なシーンだ。やっぱり、ジガルガをナナリーくんにあげて良かったなあ……」

「そうですねー、私もあんなふうに、頭なでなでしてほしいなー」


 相変わらず緊張感のない、気の抜ける連中だ。

 こんな奴らのために、ジガルガを死なせてたまるか。


「生暖かい目でこっちを見るんじゃねえ。おい、俺はもう行くけど、一ヶ月間、ジガルガに指一本触れんじゃねーぞ」


「待ちたまえ」


「なんだよ」


「出て行く前に、水晶輝竜のガントレットと金剛堅竜の鎧、そして飛天翼竜のレガースを置いていってくれたまえよ。それらは売り物ではないし、レンタル営業もしていないからね」


「ちっ、どさくさに紛れて持って帰ろうと思ったのに、しっかりしてやがる」


「そうだ。一つ、約束しておくよ。これから一ヶ月間は、きみの生活を見るのをやめておく。一ヶ月後の再試合で、きみがどれほど成長し、私の予測のつかないことをしてくれるか、楽しみにしておきたいからね」


「一ヶ月と言わず、一生関わらないでほしいんだけどな……」



 薄暗い古道具屋から外に出ると、眩しい太陽に、一瞬目がくらむ。


 再試合まではあと一ヶ月。

 それまでに、もっと強くならなければ。


 一日も無駄にはできない。

 今日という日も、まだ半日残っている。

 体はかなり疲れているが、早速特訓を始めないと。


 とりあえずジムに行くと、めずらしい顔と再会することができた。


「あれ、ゲインの爺さんじゃん。なんでこんなとこにいるの?」

「なんでも何も、ここはワシの経営するジムじゃ」

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