第208話 正直な気持ち

 俺は無言で頷いた。

 変にゴネて、店主の気が変わるのが怖かったのだ。


「よろしい。では、まずアーニャに聞こう。お前は、どっちが勝ったと思うかね?」

「うーん、ご主人様には悪いですけど、かすっただけとはいえ、顔面にパンチが当たった以上、やっぱり僕の負けかなって気がします。ほら、この傷、けっこう深いですし」


 アーニャは、だらだらと鮮血を垂れ流す頬の傷を、指でつつきながら言った。


 さすがに汗だくではあるが、あれほどの連撃を放ち続けた後なのに、息が切れていない。こいつは、正真正銘の怪物だ。


 俺は畏怖しながらも、アーニャのいさぎよさに、小さな感銘を覚えた。


 そして、先程は完全に俺の負けだと思ったが、彼女の話を聞くと、『顔面にパンチが当たった以上、やっぱり僕の負け』という理屈も、それはそうかもなと感じた。


 店主は、自分にとって不利な証言だったにもかかわらず、満足そうな声で言う。


「ふむ。そうか。本来なら、私の機嫌を取るために自分の勝ちを主張したいところだろうに、公正な判断をして偉いぞ」

「えへへー」

「さて、次はジガルガに聞こうか。お前は、どちらが勝ったと思う?」


 ジガルガは沈痛な面持ちで、しばらく思案した後、口を開いた。


「……『顔面を殴り飛ばす』という勝利条件を、文言もんごん通りに解釈するなら、先程の一撃は、殴り飛ばしたとまでは言えないと思います。よって、ゲームはご子息様の勝利かと」

「うん。それも一つの考え方だね。……ふふふ、ナナリーくんの方を勝たせたいだろうに、ちゃんと公平に判断して、お前もなかなかに偉い子だ」


 おいおい……

 勝負に負けたら、お前は解体されちゃうんだぞ。

 ちょっとくらい、解釈を甘くしてもいいだろ。


 と思いつつも、なんとなく、ジガルガならそう言うと思っていた。


 アーニャもそうだが、人造魔獣という奴は、ある意味で凄くいさぎよい。

 自分の利益のために、間違っていると思うことを口にしたりしないんだな。

 たいしたもんだよ、まったく。


「それでは、三人目の判断を聞こう。ナナリーくんはどう思う? くどいようだが、公正な判定を頼むよ」


「わかってるよ。……正直に言うと、最初は俺の負けだと思った。ジガルガが言ったけど、さっきの一撃は、顔面を殴り飛ばしたとまでは言えないからね」


「ふむ……」


「でも今は、アーニャの頬に深い裂傷を与えた以上、俺の負けとも言えないんじゃないかって気がしてる」


「ほう……」


「だから俺の意見は、勝ちと負けの間を取って、『引き分け』だ。これが、正直な俺の気持ちだよ」


 店主は、声をあげて笑った。


「奇遇だね! 私も、そう思ったんだよ! では、話をまとめよう。『勝ち』が一つに『負け』が一つ、そして『引き分け』が二つ。つまり、結果は『引き分け』だ! いやあ、公正な判定ができて、とても嬉しいよ! はははは!」


 引き分け、か。

 とりあえず、負けじゃないということは、ジガルガは解体されずに済むのだろうか。


 ホッとしながらも、そこらへんのとこはキッチリ確認しておかないとな。

 俺は、いまだに高笑いを続ける店主に問いかけた。


「おい。ご機嫌なとこ悪いけどよ。引き分けの場合、ジガルガはどうなるんだ?」

「うーん、そうだね。今でも、ジガルガを解体して研究したい気持ちは大きい。しかし、勝負が引き分けに終わった以上、解体を強行するのは約束に反するな」

「当たり前だ、馬鹿」

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