第209話 完璧に近い生命体

「仕方ない、一ヶ月ほど時間を置いて再試合をしよう。それで、キッチリ白黒つけようじゃないか」


「再試合って……ジガルガの解体を諦めるって選択はないのかよ。さっき、公平に判断して偉いって褒めてたじゃねーか」


「それとこれとは話が別だ。私は、一度始めたゲームは最後までやらないと気が済まないたちなんだ」


「めんどくせー性格だな、まったく」


 一ヶ月か。

 その間に、ジガルガを連れて、リモール王国に逃げ込もうかな。


 一ヶ月経つ頃には、レニエルもリモール王国についてるだろうし、聖騎士団総出で、このクソ店主からかくまってもらえるかも。


 そんな俺の心を読んだように、店主はすらすらと言葉を続ける。


「一応言っておくけど、再試合まで、ジガルガの身柄はこちらで預かっておくからね」

「ちっ」

「おや? 今、舌打ちしなかったかい?」

「してねーよ」


 やはり、世の中そう甘くはないらしい。

 俺にできることは、一ヶ月の間に、さらに強くなって、今度こそ、文句のつけようのないやり方で、アーニャの顔面をぶっ飛ばしてやることだけだ。


「それにしても、きみはこの一ヶ月で、見違えるほど強くなった。まさに可能性の塊だ。楽しみだよ。再試合までの一ヶ月で、今度はどれほど力を伸ばしてくるか」


「……自分でも強くなったと思っていたが、あれだけハンデを貰って、アーニャにまともなパンチを当てることができなかった。正直、悔しいよ」


「いやいや、自分を恥じる必要はない。ジガルガが『最強の』人造魔獣なら、このアーニャは『最高の』人造魔獣だ。単純な戦闘能力では、ゼルベリオスと一体化したジガルガには劣るが、それでも、身体能力、魔力、知能、あらゆる面で人間のはるか上をゆく、完璧に近い生命体といってもいい存在だ。ハンデをつけたとはいえ、あれだけ戦えれば充分立派なものだよ」


「完璧に近い生命体ねえ……このヘラヘラニコニコ猫耳娘が?」


 ジト目でそう言う俺に対し、アーニャは少しだけむくれてみせる。


「なにその言い方、失礼しちゃうなあ」

「だが、いつもヘラヘラニコニコしていたからこそ、きみはアーニャに気を許しただろう? 顔だって、綺麗に造形してはいるが、美しさより愛嬌を重視し、他人に警戒心を与えないようにしてある。感情制御も完璧だ。喜怒哀楽の内、『喜』『怒』『哀』は過剰に発揮されないように調整してあり、不必要に動揺することがない」


 ふうん。

 だからいつもニコニコ、温和な感じなのか。

 だが、自慢げな店主に対し、アーニャはちょっぴり不満そうだ。


「でも僕は、感情面は調整しないでほしかったなあ。一度でいいから、本気で怒ったり、泣いたりしてみたい」


「そうだったね。だからアーニャは、ナナリーくんのように、感情豊かな子と、友達になりたがったのだったね」


「はい。感情の起伏が激しいナナリーちゃんと仲良くなれば、僕の感情面も、凄く人間的になるかなって思って」


「そうだねえ。いっぱい仲良くしてもらって、いつか、豊かな感情を持てるようになるといいねえ」


 何言ってんだこいつら?

 俺は、当然の疑問を突っ込んだ。


「そんなに感情豊かになりたいんなら、ご主人様に頼んで、その、なんだっけ? 感情面の再調整なりなんなり、してもらえばいいだろ。いちいち俺に絡んでくるより、よっぽど効率的だ」


 俺の意見に対し、店主とアーニャは、二人そろって大きなため息を吐いた。


 な、なんだよ。

 その小馬鹿にしたような感じ。

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