第207話 勝敗の行方
今だ。
俺は、右拳を硬化させた。
アーニャを攻撃するためじゃない。
これから起こることから、自分の拳を守るためだ。
先程詠唱したのは、最低レベルの、爆発魔法。
それが、今発動した。
水晶輝竜のガントレットの内側、俺の、生身の拳の表面でだ。
最低レベルとはいえ、爆発の熱と衝撃は強烈で、水晶輝竜のガントレットを、まるでミサイルのように俺の拳から発射する。
いや、ロケットと言った方が適切かな。
よし、あえてそう叫ばせてもらおう。
「くらえ! ロケットパンチ!」
轟音を響かせ、アーニャの顔面めがけて飛んでいく水晶輝竜のガントレット。
このゲームの最中で、初めてアーニャの瞳が大きく見開かれた。
俺に、まったく抵抗する手段など残っていないと思っていたのに、突然ガントレットが飛んで来たら、そりゃびっくりするだろう。
どうだ。
退屈はぶっ飛んだか?
当たる。
当たるぞ。
少なくとも、完全回避はできないタイミングだ。
アーニャは攻撃に専念していたため、腕を上げてブロックするのも難しいだろう。
俺の勝ちだ!
ザシュッ。
布地を裂いたような、音がした。
ロケットパンチが顔面を直撃したにしては、軽い音だ。
俺は、見た。
アーニャが、信じられない角度に首をよじって、ロケットパンチをかわすのを。
その際、顔をかすめた水晶輝竜のガントレットが、アーニャの頬をざっくりと切ったのだ。
す、すげえ。
ロケットパンチは、間違いなくアーニャの顔面を捉え、触れた。
だが彼女は、当たってから、超スピードで首をねじり、攻撃を受け流したのだ。
か、勝てねえ。
こんな奴に、勝てるわけねえ。
そのとき、天からの落雷のように、店主の声が響き渡った。
「五分経過! それまで! ……いやぁ、途中、少々退屈したが、最後の一撃は、非常に興奮したよ。呪文を詠唱しているのは分かったが、まさか、水晶輝竜のガントレットをミサイルのように飛ばすとはね。アーニャがあんなに驚いた顔は、この私でもそうそう見たことがない。いやはや、実に良い勝負だった」
褒められても、嬉しくはなかった。
くそっ。
あれだけ大口をたたいて勝負を受けたのに、勝てなかった。
俺は、疲労のせいもあって、その場にへたり込み、舞台を怒りに任せて叩いた。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、店主はぺらぺらと話を続ける。
「さて、勝敗についてだが、直撃とはいかないまでも、一応アーニャの顔面を捉えたわけだし、どっちが勝ったかどうかは、公正な判定によって決めようと思う。ナナリーくん、それでかまわないかな?」
なんだって?
判定?
あ、ありがてえ。
もう負けたもんだとばかり思っていた俺にとって、それは救いの言葉だった。
俺は、ごちそうに飛びつくように、店主に問いかける。
「公正な判定って、どうやるんだ? 何か、機械でも使うのか?」
「ははは。機械などでは、本当に公正な判断はできないよ。……簡単なことさ。ゲームの当事者と、それを見ていたもの、皆の判断で、勝敗を決めるんだよ」
「そ、そんなんでいいのかよ」
「それがいいのさ。機械で決める無粋な判定より、情緒があって面白いだろう? ……一応言っておくが、私は決して、自分に都合のいい結果にするために、事実を曲げたりしない。だから、きみも、自分に有利な結果を導くために、嘘を言ったりしないと約束してくれるかな?」
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