第206話 暴力の豪雨

 さすがのアーニャも、その時ばかりは、息も絶え絶え、ヘトヘトになっているだろう。


 その一瞬を狙って、最速の攻撃を叩き込む。

 もう、相打ちでも、不格好なまぐれ当たりでも、何でもいい。

 とにかく、何が何でも、アーニャの顔面に一発、当てるんだ。


 そのためにも、今はなるべく、無駄な動きはするな。

 体力を温存しろ。

 そして、最後の最後まで考えるんだ。

 どうすれば、一番アーニャの意表を突くことができるか。


 しかし、長いな。

 アーニャが連撃を始めてから、もう一分は経つぞ。

 一分も息を止めたまま、これほど激しい連打をうち続けられるものなのか?


 身を固めて、守っているだけでも、俺はクタクタだというのに。


 ああ。

 苦しいな。

 まだか。

 いつになったら、この連打は終わるんだ。

 そう思い始めた俺の頭に、アーニャのテレパシーが響いてくる。


『もしかして、僕が疲れて、連打が終わる時を待ってるのかな? 残念だけど、終わらないよ。ゲーム終了までね。僕、三分間は息を止めたまま、攻撃し続けることができるんだ』


 ……嘘だろ?

 そんなのありかよ。


 こっちは、激しい連続攻撃の衝撃で、満足に呼吸をすることもできず、すでに酸欠気味だというのに。


 試合時間は、残り一分を切っている。

 このままの調子で、アーニャの連打が続くのなら、何もできずに、俺の負けだ。


 ヤケクソでパンチを突き出しても、なすすべもなく、アーニャの暴力の暴風雨に飲み込まれ、俺の拳は彼女の頬にかすりもしないだろう。


 くそぉ。

 甘かった。

 試合前、『90%以上の確率で僕が勝つ』と笑っていたのは、ハッタリでも何でもなかった。


 いかに有利な条件を相手に与えようと、埋められない実力差があることを知っていたのだ。


 このまま、俺は負けるのか?

 駄目だ。

 それだけは駄目だ。

 ジガルガを解体なんて、させてたまるか。


 試合時間、残り三十秒。

 アーニャの猛攻は、一向にパワーダウンする気配はない。


 くそ。

 くそ。

 くそぉ。


 どうすれば。

 こういうとき、どうすればいいんだ。


 俺みたいな未熟者が、アーニャの顔面に一発当てるなんて、どだい無理な話だったのか。


 ちくしょう、飛び道具でもあればな。


 ……待てよ。

 飛び道具?


 その言葉で、俺の頭に天啓のような閃きが浮かぶ。

 数秒間、落ち着いて考える。


 よし。

 いちかばちか。

 やってみる価値はある。


 試合時間、残り十五秒。


 俺は、静かに呪文を詠唱し始めた。


 息も絶え絶えな上に、アーニャの攻撃がバンバン飛んでくるので、単純な魔法なのに、詠唱するのにたっぷり十秒もかかってしまった。


 だが、そのおかげで、荒い息に隠され、呪文を詠唱していることを悟られずに済んだようで、アーニャは今までと変わりなく、涼しい顔で猛烈な連打をうち続けている。


 その顔には、すでに勝負が決まりつつあるゲームに対する、退屈感すら浮かんでいた。


 俺が弱いせいで、退屈させて悪かったな。

 お前ほどの達人にとっちゃ、俺みたいな未熟者の相手なんて、退屈で仕方ないだろうな。


 お詫びに、今からビックリさせてやるよ。


 覚えてるか? お前が言ったんだぜ。『達人は、予想もしない攻撃に弱い』って。


 俺は、アーニャの攻撃から身を守るように縮こまり、天井を向いたままになっている右拳を、必死の思いで正面に突き出した。


 当然、そんな苦し紛れの一発が顔面に届くわけもなく、アーニャは回避行動すらとらずに、連撃で俺の攻撃を飲み込もうとする。

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