第205話 試合時間残り二分

 突然トーンダウンし、口ごもるジガルガの代わりに、店主の声が響いてくる。


「さすがジガルガだ。分かっているみたいだね。テレパシーを使って攻撃タイミングを教えることは、ただのアドバイスとは一線をかくした、いわゆる『ズル』だということを。こんなことを認めてしまっては、ゲームの興が大いに失われることになる。だから、禁止させてもらうよ。悪く思わないでくれ」


 クソッ。


 だが冷静に考えると、そりゃそうだわな。


 ただでさえ、最高の装備品を貸してもらい、こちらの頭に対する攻撃は禁止という、俺に超有利なルールなんだ。


 その上、攻撃のタイミングまでジガルガに教えてもらっていたら、それはもはや勝負とすら呼べない、ただの茶番劇である。


 考えるんだ。

 自分で。

 何とかして、アーニャの意表を突いて、顔面に攻撃を当てる方法を。


 とはいえ、細かい俺の動作を見て、次に来る攻撃を読んでいるのなら、闇雲に打っても、まず当たらないだろう。


 結局、攻め手を欠いたまま、どんどん時間は流れていき、試合時間残り二分となったところで、店主が再び口を開いた。


「ふむ。少しゲームが膠着こうちゃくしてしまったね。アーニャ、ここからはお前も、より積極的に、どんどん攻撃しなさい。そうすれば隙が生まれて、ナナリーくんの攻撃も当たりやすくなるだろうからね」

「はぁい」


 間の抜けた声で返事をするのと同時に、アーニャは俺に向かってきた。


 願ってもないことだ。


 これまでアーニャは、軽く反撃することはあったが、基本的に、俺の攻撃を回避・防御することに専念していた。それが、ガンガン攻撃してくれば、店主の言う通り、自然と隙が増えるはずだ。


 最悪、相打ち覚悟なら、一発くらいは入れられるかもしれない。

 相打ちと言っても、こちらは頭を攻撃されることはなく、体は強固な防具で守られている。大怪我することはないだろう。


 そうだ。

 最悪でも何でもない。

 最初から、積極的に相打ちを狙えばよかったんだ。

 顔面に一発当てりゃ、それで俺の勝ちなんだから。


 俺はガードを捨て、より攻撃的な構えで、アーニャを迎え撃つ。

 その動きを見て、即座に俺の考えを悟ったのか、アーニャはニタリと微笑んだ。


「なるほどね、相打ち狙いかあ」

「ガッチリ防具で体を固めてある俺にとっては、それが一番有効な作戦なんでね。悪いな」

「いやいや、全然悪くないよ。凄くいい判断だと思う。……まあ、やすやすと実行はさせないけどね」


 次の瞬間だった。

 それまでゆっくりと向かって来ていたアーニャが、突然鋭く息を吸い、俺に突進して来た。


 その凄まじい迫力に、相打ち狙いでガードを捨てたはずが、思わず反射的に腕を上げ、急所をかばってしまう。


 ああ。

 馬鹿か俺は。

 今のタイミングで『達人のジャブ』を放てば、相打ちにできたかもしれないのに。


 技だけ覚えて、使いこなすことのできない未熟な自分自身に対して、悔しさと惨めさが、心の中いっぱいに溢れてくる。


 だが、いつまでも悔しがっている余裕はなかった。

 アーニャが、突進の勢いのまま、怒涛の連続攻撃をおこなってきたからだ。


 拳、足、肘、膝、時には頭突きまで、雨あられと鋭い連撃が飛んでくる。


 まるで、大砲のマシンガンだ。

 水晶輝竜のガントレット、金剛堅竜の鎧、そして飛天翼竜のレガースを身に着けていなければ、俺の体は、比喩でなく、バラバラに砕け散っているだろう。


 凄い。

 本当に凄い。

 これは、暴力の豪雨だ。


 相打ちどころか、次々と炸裂する攻撃のせいで、呼吸をすることもままならない。


 しかし、それはアーニャも同じはずだ。

 これほどの連続攻撃、息を止めて、無呼吸で打ち続けなければ、成立しない。

 いずれ必ず、攻撃の止まる時がくるはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る