第203話 ゲームスタート

「そんなこと言わないってば。それに……」


 アーニャは一度言葉を切り、おかしそうに、それでいて不敵に、俺に向かって微笑んだ。


「キツイはキツイけど、それはちょっとだけ疲れちゃうって意味で、90%以上の確率で、僕が勝つからね」



 勝負は、店の地下室でおこなわれることになった。

 カウンター奥の、長い階段を降りていくと、どういう仕組みなのか、小さな店舗の地下に、大きな体育館を思わせるほどの広大な空間があり、店主がなにやら呪文を唱えると、空間の中央に、鳥かごのような鉄網で囲まれた、四角形の舞台が現れた。


「広さは、ボクシングのリングと同程度だ。もっと大きく作ることもできるが、あまり広いと、戦いの興が削がれるからね。……それでは、早速始めてもらおうかな」


 店主がそう言った瞬間、俺とアーニャは、舞台の中に瞬間移動していた。


 いや、瞬間移動『させられた』のだ。

 それも、ちょうどうまい具合に、舞台の左端と右端へ、まるで駒を配置するように。


 高度なテレポーテーション魔法を、自由自在に使いこなす店主の底知れなさに、俺は改めて震撼した。


 こんな不気味な奴に、ジガルガを好きにさせてたまるか。

 俺は、舞台から少し離れた場所でこちらを見守っているジガルガに向けて、『絶対に勝つ』と言う代わりに、力強く頷いた。


 カーン。

 唐突にゴングが鳴り、店主の声が響く。


「さあ、ゲーム開始だ。試合時間は今から五分間。アーニャ、くどいようだが、くれぐれも頭を攻撃するんじゃないぞ」

「はぁい」


 ニコニコと笑って返事をするアーニャの顔面に、俺はいきなり銀の鞭を打ち込む。


 強力な水晶輝竜のガントレットを身に着けているのだ。

 拳を硬化させる『白銀の刃』を使う必要はないし、突き詰めて言えば、ダメージを与える必要もない。


 とにかく、ゲームの勝利条件である、『アーニャの顔面を殴り飛ばすこと』だけに集中し、先制攻撃をしかけたというわけである。


 だが、手ごたえなし。

 相変わらず笑ったまま、アーニャは余裕いっぱいで攻撃をかわすと、少しだけ眉をひそめた。


「んもー、こういうのって、お互い、最初にきちんと挨拶してから試合を開始するのが、スマートでいいと思うんだけどな」

「悪いな。一秒でも早く決着をつけて、こんな薄気味悪い空間から出て行きたいもんでね」


 吐き捨てるようにそう言うと、俺はアーニャに突進する。


 おおっ!?

 自分でも驚くほどのダッシュ力に、思わず声が出そうになった。


 ジガルガに教わった『達人の足さばき』と、装着者の素早さを上げる『飛天翼竜のレガース』との相乗効果だろう。


 一瞬で真正面に迫ったアーニャの顔にも、小さな驚きが浮かんでいる。

 まさか、俺がこれほど鋭く突撃してくるとは思っていなかったのだろう。


 チャンスだ。

 今ここで、勝負を決めてやる。


 しかし焦るな。

 いきなり顔面を狙っても、こいつは恐らく、超人的な反射神経で回避するだろう。


 連続攻撃で、確実に当てるんだ。

 俺は、すらりと伸びたアーニャの左足に狙いをつけ、右足でローキックを放つ。


 うおぉっ!?

 またしても、想像をはるかに超える蹴りの鋭さに、自分で驚いてしまう。


 俺の体にしみ込んでいる『達人のローキック』が『飛天翼竜のレガース』で強化されているのだ。


 さすがのアーニャも、これをかわすことはできないと判断したのか、軽く足を上げて、ブロックする。


 凄いな。

 防具も何もつけてない足で、飛天翼竜のレガースで固めてある俺のローキックを、難なく受けやがった。


 普通の人間なら、足の骨が粉々になるほどの一撃だぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る