第190話 意識の半同化

 広場に到着し、ジガルガの教えの元で特訓を始めて三十分。体を動かしていると、重かった気持ちも少しずつ晴れてきて、段々興が乗って来た。


 うつ病対策に運動療法をおこなうことがあるらしいが、なるほど、納得である。顔色が良くなってきた俺を見て、ジガルガはうんうんと頷く。


「うむ。やっと調子が出てきたようだな。それでは、本格的な訓練に入るぞ」


「本格的って……今までの訓練も、けっこうきつかったんだけど、これからもっときつくなるわけ?」


「きついというより、集中力が大事になる。だから、ぬしが本調子になるまで、様子を見ていたのだ。さて、始めるか。今から、我とぬしの意識を、半分同化させる」


「半分同化? そんなことできるの?」


「恐らくはな。ぬしは、自分の体を使うことに集中しながらも、頭の片隅でぼーっとしててくれ」


「集中しながらぼーっとしろって、そんな器用なことできるかな……」


「ふむ、そうだな。具体的な指示を出した方が、やりやすいかもしれんな。単純なシャドーボクシングでもしながら、頭の中では、あまり色々と考えないようにできるか?」


「ああ、それならできそう。ジムで何度も練習したから、対戦相手を想定しない、簡単なシャドーボクシングなら無意識でもできるからね」


 早速俺は、ジガルガの言う通り、頭を空っぽにしてシャドーボクシングに没頭する。しばらくすると、呆けた頭の中に、ぬるい水が流れ込んでくるような、妙な感覚がした。


 それから、ジガルガの声が響く。

 俺の、頭の中からだ。


『よし、上手くいったぞ。今、我とぬしの意識は半分だけ同化している。だから、ぬしの体は、ぬし自身の意志で動かすことができるし、こうして、我の意志で動かすこともできる』


 そう言い終えた瞬間に、俺の体が、先程までのシャドーボクシングとは次元の違う、信じられないほどの華麗さで拳を二~三発、虚空こくうに向かって放った。今の言葉通り、ジガルガの意志が、俺の体を操ったのだろう。


「半分同化って、こういうことか。なんか、変な感じだな。自分の中に、別のものが混ざってるみたいで。んで、わざわざこんな特殊な状態になって、いったい何をしようっての?」


『今から、いくつかの技、身のこなしを、我がお手本として、ぬしの体を操縦し、やって見せる。その後は、ぬしが自分で体を操縦し、お手本通りの動きを習得できるまで、反復練習を続けるのだ』


「ふむふむ」


『そして、すべての技を覚えたら、また新しいお手本を見せるので、今度はそれの習得を目指し、反復練習をする。その繰り返しだ。意識が半分同化しているので、我のおこなう正しい動きを、ぬしは自分の体験として学ぶことができる。だから、通常より数十倍は効率的に、優れた技や身のこなしを身につけることができるはずだ』


 数十倍。

 そりゃ凄い。


『そうだな……我の計算では、10日間もこの特訓を続ければ、ぬしの身のこなしや、基本的な格闘技術は、今までとは比較にならんほど上達するだろう。まあ、我も睡眠をとらねばならないから、そんなに続けては練習できないだろうがね』


「そうだな。じゃあ、お前が起きていられる時間は貴重だから、どんどんやっていこう。ほらほら、早速、お手本を見せてくれよ」


『ふっ、つい先程まで、ベッドでめそめそしていたというのに、切り替えの早いことだ』


「ウジウジはしてたけどめそめそはしてねーし!」


『わかったわかった。では、始めよう。まずは、ぬし自慢の足さばきを、より素早く、より効率的に使う方法からだ……』



 昼過ぎに特訓を始めて、すでに夕暮れ。

 俺は、休憩を入れるのももったいないと感じるほど、練習に没頭していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る