第191話 今も見ている

 ジガルガの使う、達人の技。

 本来なら、それを習得するのには、信じられないくらいの長い年月が必要だろう。


 それが、半分意識を同化させていることで、まるでデータコピーをするように、自分自身の体が技を覚えていくのが、楽しくてたまらなかった。


 いくらでも練習を続けたい気分だったが、太陽が沈みきった頃、ジガルガからストップがかかった。


『今日はここまでにしておこう』

「かなり疲れてはいるけど、まだまだできるぞ?」


 ジガルガが、俺の体を操縦して、首を横に振る。


『一度にやり過ぎても、肉体が覚えられる技術には限度がある。これ以上は無駄だ。それに、かなり肉体を酷使したからな。ゆっくり休んだほうがいい』

「ふぅん。お前がそう言うなら、そうなんだろうな。……そういや、『肉体を酷使』といえば、イングリッドとの決闘の時は、お前に体を貸した後、とんでもない筋肉痛になったなあ。明日、すっごい痛みがこなきゃいいけど」


 俺の唇の端が、勝手に上に釣りあがる。

 どうやら、ジガルガが笑ったらしい。


『心配ない。以前と違って、無理な体の使い方はしていないし、何より、ぬし自身が、あのスパルタジムで猛特訓を積んだおかげで、基礎体力と基礎筋力がかなりアップしているからな。多少の疲れ程度は残るかもしれないが、激しい筋肉痛は起こらないだろう』


「なるほどね。それじゃ、宿に帰るとするか。……それにしても、いつものリズムなら、お前、そろそろ眠たくなる頃だと思うけど、起きてて大丈夫なのか?」


『うむ。それが、不思議と眠くないのだ。もしかしたら、ぬしと意識を半分同化させているからかもしれんな』


「へえ。それじゃあさ。ずっと半分同化してたら、お前、しばらく長期休眠しなくて済むんじゃないの?」


『かもな。検証してみる価値はある。ぬしさえよければ、少しこのままでいてみるか。……ぬしさえよければ、だが』


「ぬしさえよければって、二回も言わなくていいよ。お前のおかげで強くしてもらってるんだし、いいに決まってるじゃん。だいたい、最近は宿に帰っても一人だから、お前が起きててくれる方が楽しくていいよ」


『そうか。それはよかった』


 俺――いや、俺たちは、広場から出て、宿への道を歩きながら、会話を続ける。

 ジガルガが頭の中で話す言葉に、俺だけが口を開いて、独り言のように答えていると、道行く人に変な目で見られたので、俺は言葉を発するのをやめ、頭の中で文字を思い浮かべた。


『そういえばさ。アーニャの奴、今もずっと、俺のこと見てるのかな』


『うむ。近からず遠からずの距離に、気配を感じる』


『げっ、マジか。……まあ今なら、あいつが絡んできたとしても、お前に俺の体を使ってもらえば、返り討ちにできるだろうけどな』


『期待してもらって悪いが、それは無理だろう』


「えっ、なんで!?」


 ……おっとっと。驚いて、思わず口から声が出ちまった。

 一人でいきなり『なんで!?』と叫んだ俺に驚いたのか、数名の通行人が訝し気にこちらを見る。俺は軽く頬を染め、足早にその場を通過しながら、ジガルガの返答を待った。


『ぬしの記憶で見たやつの強さは本物だ。流麗な身のこなしに、尋常ならざるオーラ。間違いなく、ただものではない。我の元の体――芋と共に燃えてしまったゼルベリオスを使うならともかく、ぬしの体では、ちょっとな……』


『マシンがしょぼいと、パイロットが凄くても力を発揮できないって感じ?』


『そうではない。ぬしの体は、相当に良い体だよ。それでも、我が全力で戦えば、負担が大きすぎるのだ。戦いに勝つために無理な動きをすれば、骨、神経、筋肉に、重大なダメージが残ってしまう。敵を退けることができても、体を壊しては何にもならないだろう?』

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