第184話 ちょっと物足りない

「でもね、思ってたより短い時間で、戦いに決着がついちゃったから、ちょっと物足りないんだって」

「知るかよ! 別に俺は、お前のご主人様に見せるためのショーをやってんじゃねえよ! 必死にやった戦いに、短いもクソもあるかよ!」


 アーニャに怒鳴ってもしょうがないことではあるが、『ご主人様』とやらの勝手な物言いに、思わず声を荒げてしまう。


 自分でも少し驚くほど大きな怒声が出たが、アーニャは臆した様子もなく、ニコニコと笑ったままだ。


「うん、そうだよね。ごめんね。でもね、ご主人様が、もう少しきみの戦う姿を見たいって言ってる以上、僕はその願いを叶えなくちゃいけないんだ。だからね……」

「だから、なんだよ」

「これから、僕と戦おうよ」


 一瞬、アーニャが何を言っているのか理解できなかった。

 しかし、数秒して、彼女の言葉の意味が飲み込めた途端、俺は飛びのいて距離を取った。

 アーニャは、相変わらずニコニコしていたが、冗談を言っているような雰囲気ではなかったからだ。


 クソッ、ジガルガの言う通りだ。

 俺は、こいつに心を許しすぎていた。


 仲良くなったつもりだったが、アーニャの正体はまったくの謎だし、友好的に見えても、結局のところ、『ご主人様』の気まぐれ次第で、こうして牙をむいてくるってわけだ。


 クソッ。

 俺は心の中で、もう一度悪態をついた。


 さっき自分の口からスラスラと出た、『友達になろう』だの、『イングリッドに謝ると約束してくれ』だの、ままごとみたいに敵と慣れ合っていたおのれの甘さが、腹立たしくも情けなくなってくる。


 いや、今、心の中に渦巻いているイラつきの原因は、それだけじゃないな。


 ……俺は、アーニャと友達になれたと思って、嬉しかったのだ。

 得体の知れない奴だが、それでも、良い関係を築けたのが、嬉しかったのだ。


 それが、こんなにすぐ、友情を反故ほごにするような真似をされて、少々頭にきているのだ。

 俺は、彼女に対するじょうを捨てるように、地面に唾を吐き捨てて、吠えた。


「いいぜ、かかってこいよ。お前に教わった白銀の刃で、お前の顔面をぶん殴ってやる」


 多少疲れてはいるが、大したダメージは負っていない。

 せいぜい、ジョン・ブロップに締められた胴が、軽く痛む程度だ。

 充分に戦うことはできる。


 問題は、アーニャがどの程度の使い手なのか、実力が分からないところだ。


 以前、『大体の格闘技はできる』と言っていたので、強いことは強いのだろうが、あのジョンの巨体の迫力と比べると、目の前の少女の(もちろん正確な年齢は知らないが、外見年齢は、俺と同じく16~17歳程度に見える)小柄な体には、これっぽっちも凄味を感じない。


 それにしてもアーニャの奴、こっちが敵意をむき出しにしているのに、先程までと変わらず、ニコニコ笑ったままだ。


 馬鹿にしてやがるのか?

 そう思った瞬間、アーニャが口を開いた。


「大丈夫。安心してね。怪我させたりしないから。ちょっと遊ぶだけだよ」


 まるで、拗ねた子供に言い聞かせるような、優しい言い方。

 その言葉で、ただでさえ逆上気味だった俺の頭に、一気に血が上った。

 人を舐めるのもいい加減にしろよ。


 いきなりだ。

 いきなり、ぶち込んでやる。

 白銀の刃。

 フェイントもクソもない。

 怒りのままに、俺は腕を軟質化させ、アーニャの肩口――折れやすい鎖骨めがけて、鞭の動きで拳を放った。

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