第185話 ただもんじゃない
駄目だ。
手ごたえ、なし。
かわされた。
アーニャは涼しい顔で、ちょうど一歩分、体を横にずらし、難なく白銀の刃をかわすと、驚くべきことに、伸びた腕が戻るのと同じ速さで俺に接近し、腹部へとパンチを打ちこもうとした。
「くおぉっ!?」
俺は、驚きと感心の混ざった声を上げてしまう。
なんという、無駄のない動き。
こいつ、やっぱりただもんじゃないぞ。
何をしたって、もう回避は不可能なタイミングだ。
体を硬化させて、防御するしかない。
いや、このスピード。
硬化すら間に合うかどうか。
馬鹿か俺は。
迷ってる暇があったら、今すぐ硬化しろ。
これほど鋭い一撃をまともに食らったら、内臓が破裂してもおかしくない。
そう思い、腹に力を込めようとすると、アーニャは打ちかけたパンチを止め、俺から距離を取った。
なんだ?
硬化能力が間に合うかどうかは賭けだったが、もし、鋼鉄のように硬くなった腹を叩いてしまったら、自らの拳を痛めるかもしれないから、やめたのか?
そんな俺の疑問に答えるように、アーニャは笑って言う。
「うーん、困ったな。たとえ硬化能力で防御しても、僕のパンチをまともに食らったら、硬化した部分ごと砕け散っちゃうかもしれないし、やっぱり打ち込めないよねえ。……だからといって、まったく反撃しないと、ご主人様も見てて退屈しちゃうだろうしなあ……うーん……」
……今の言葉から察するに、アーニャは俺が大怪我するかもしれないから、パンチを引っ込めてくれたらしい。
その気遣いを、嬉しいと思うような余裕は、今の俺にはなかった。
ただ、舐められて、馬鹿にされたという屈辱感のみで、胸がいっぱいになる。
またしても、激情のままに白銀の刃を放ちたくなったが、先程のアーニャの身のこなしは、鮮やかかつ、異次元の素早さだった。考えなしに、単発で打ち込んだとしても、まず当たることはなさそうである。
何か、連続攻撃やフェイントを織り交ぜて、当てるタイミングを見極めなければ。
そう思い、攻撃につなげるためのステップを踏み出すと、アーニャは一人で「そうだ!」と言い、何かを思いついたようにポンと手を叩いた。
それから彼女は、軽やかに、まるで歌でもうたうように呪文を詠唱した。
なんだ?
魔法を使う気か?
爆炎や閃熱が飛んでくるかもしれない。
俺は、ステップを刻んだまま、どんな攻撃にも対処できるよう、注意深くアーニャを観察する。
すると、奇妙なことが起こった。
アーニャの体が、見る見るうちに縮んでいく。
五秒もしないうちに、彼女の外見は、十歳程度にまで若返ってしまった。
あまりのことに、ポカンと口を開け、ステップを踏むのも忘れてしまった俺に、ちいちゃくなったアーニャは微笑みかける。
「これで、パワーもスピードも、防御力も半分以下だから、安心して戦えるよ」
いやいやいや。
こいつ、本当に何者なんだよ。
体を大きくしたり小さくしたりする魔法なら、高位の魔術師になれば使うことができると、何かの本で読んだことがある。
しかし、子供に戻っちまう魔法なんて、聞いたこともないぞ。
こんな魔法があるって知ったら、年老いた権力者や金持ちが、どんな高額の代金を払ってでも、『自分にかけてくれ』って嘆願してきそうだな。
……それにしても、参ったな。
こんな、ちんまくて可愛らしい姿になったら、攻撃しづらいじゃないか。
そんな俺の心情を悟ったのか、ちんまいアーニャは、クスクスと笑う。
「見た目が子供だから、叩いたり蹴ったりしづらいんだ。相変わらず優しいね」
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