第182話 いい加減に聞きなれた声

 別に、報酬目当てでブロップ一家と戦ったわけではないが、ここしばらく、まったく冒険者としての仕事をしていなかったので、段々生活費も少なくなってきていたのだ。お金が入るのは、ありがたいことである。


 そんなことを考えながら、廃砦を出て、アルモット市内に戻るため、森の中を歩く。

 すると、ひときわ背の高い木――その上部から、いい加減に聞きなれた声が響いてきた。


「やったね。最初から全部見てたけど、凄かったよ」


 俺は、さして驚かずに、木を見上げる。

 どうせ、俺の行動を逐一観察しているのだから、そろそろ声をかけてくる頃合いと思っていた。


 案の定、横に突き出た太い枝の上に、アーニャが立っており、笑顔で俺を見下ろしている。

 疲れのせいもあって、俺は若干ぶっきらぼうに言葉を投げかける。


「おい、そんな高いところにいると、下からパンツ丸見えだぞ」


 アーニャは、恥ずかしがるそぶりもなく、悪戯っぽく笑った。


「やだ、エッチ」

「やかましい。お前のパンツなんか見ても、別になんとも思わないよ。それより、今日はもう疲れてるから、話があるなら明日以降にしてくれないか?」

「つれないなあ。恩人に対して」

「恩人?」


 俺の問いかけに、腕組みをして大きく頷くアーニャ。

 相変わらずこっちからパンツは丸見えだが、彼女にとって、そんなことはどうでもいいらしい。


「だって、そうでしょ? 今回、きみ一人でブロップ一家を倒すことができたのは、結構大きめな割合で、僕のおかげだと思うんだけどなあ。首領のジョン・ブロップはもちろん、手下のベロー兄弟も、思った以上に強かった。昨日、僕が教えた『白銀の刃』がなかったら、たぶん、返り討ちにあってたんじゃない?」


 うぐっ。

 悔しいが、おっしゃるとおりである。

 白銀の刃もそうだが、硬化能力をコントロールする方法も、防御の際、非常に役に立った。


 とはいえ、これほど露骨に『もっと感謝して♪』とアピールをされると、少々しゃくである。


 ……まあ、事実は事実だ。こんなことで意地を張っても仕方ないか。

 俺は「はいはい、わかってますよ」と言ってから、軽く息を吐き、言葉を続ける。


「確かに、昨日お前が色々教えてくれなきゃ、今頃どうなってたかわかりゃしない。……だから、その、まあ、一応、礼は言っとく。ありがとな、アーニャ」


 こうして感謝の想いを口に出すと、なんだか急に照れくさくなってきて、その気持ちをごまかすように、俺はやや乱雑に髪をかいた。


 たどたどしく、歯切れの悪いお礼の言葉だったが、それでもアーニャにとっては、大いに満足のいくものだったらしく、彼女はこれまで以上にニッコリ笑って、上機嫌に言葉を紡ぎ出す。


「ふふ、どういたしまして。でも、うまくいったのは僕の教えのせいだけじゃないよ。この二週間の猛特訓で、基礎体力、基礎筋力がアップして、格闘技のいろはを体が覚えてるから、白銀の刃も、硬化能力も、上手に使いこなせたんだよ」

「へえ、そうかな?」

「うん。だから、今日の勝利は、自分の努力の成果だって、誇っていいと思うよ」

「へへ、そっか。んじゃ、そう思っておく」


 この二週間、ジムで血反吐ちへどを垂らしながら修行したことを認めてもらい、自然と頬が緩む。


 やっぱ、必死に努力したことを褒めてもらえるって、嬉しいよな。


 おっと、いかんいかん。

 いつまでふ抜けた、ゆるいつらをしてるんだ、俺は。


 こんなことじゃ、またジガルガに『ぬしはチョロいな』と言われてしまう。

 アーニャに対して、最低限の警戒はおこたるなと釘を刺されたばかりだろう。


 にやつく顔を両手でぺちぺちと叩いて引き締めているうちに、アーニャが木の上から降りてきた。


 そして、互いの吐息がかかるほどの距離まで、無造作に近づいて来る。


 ……近くで見ると、こいつ、本当に綺麗な顔してるな。

 まつ毛も長いし、肌には一切のくすみが無い。

 整った容姿とは、こういう顔のことをいうのだろうな。

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