第180話 経験則を超えた攻撃
どうする。
どうする。
どうする。
こうなったら、格闘士になるためのテストは失格になるが、魔法を使うか?
いや、この超至近距離で攻撃魔法を使ったら、雷光呪文だろうと、閃熱呪文だろうと、こっちまで巻き込まれてダメージを受けちまう。
そもそもが、呪文の詠唱には少しだが時間がかかる。
ジョンが、それを見逃すはずはない。
今よりさらに強い力で締め上げ、詠唱の妨害をしてくるに決まってる。
ぬぬぬ……
何か他に、この窮地を脱する名案はないか。
両方の腕は、胴体ごとがっちり抱きしめられているので、攻撃にも防御にも使えそうにない。
頭突きはどうだ?
駄目だ。
体格差があり過ぎて、奴の顔面に俺の頭突きは届かないし、たとえ届いたとしても、頭蓋骨に超合金を入れているのだから、まったくダメージを与えることはできないだろう。
となると、残った反撃の手段は、消去法で『足での攻撃』ということになる。
まず思い浮かんだのは、膝蹴りで奴の股間を狙う――つまり、男の大切な部分を叩き潰すことだ。
しかし、ジョンの奴も、俺がそれを狙ってくるであろうことは重々警戒しているようで、上手い角度で俺を抱え、膝で股間を狙えないようにしている。
クソッ。
さすがに実戦経験豊富だ。
褒めたくはないが、この男、俺とは戦いの年季が違う。
ん?
経験豊富?
その言葉で、俺は昨日、アーニャが言っていたことを思いだした。
『経験が豊富であればあるほど、突きにしろ蹴りにしろ、大体どういう間合いで見切ってかわせばいいか、体が覚えているからね。その経験則を超えた攻撃が来ると、案外簡単にいいのをもらっちゃうんだ』
そうだ。
確か、そんなことを言っていた。
ということは、今の状況は、ある意味チャンスなのだ。
ジョンは、これまでの豊富な戦闘経験で、この状態から俺にできることなどないと確信し、人を舐めたような緩い笑顔で、ジワジワネチネチギリギリと俺を締め上げている。
今ここで、奴の経験則を超えた攻撃を放つことができれば、完全に不意を突くことができる。
……一つだけ、アイディアがあった。
チンタラ説明している時間はないので簡潔に言うと、拳ではなく、足を使って白銀の刃を放つことだ。
足を軟質化させて伸ばし、柔らかくしならせれば、今の状態でも、ジョンの股間を狙うことができる。
そして、足首から先を硬化させれば、パンチよりもはるかに強力な、キックでの白銀の刃になる。
しかし、足の部分的硬化は一度も試していない。
できるか?
この土壇場で。
いや、ちょっと待てよ。
別に、硬化させなくてもいいんだ。
不意を突いて攻撃を当て、とりあえず奴の拘束から逃れられればいいのだから、硬化が必要な白銀の刃ではなく、銀の鞭で充分だ。
昨日、拳の部分的硬化は結構大変だったが、腕全体を軟質化させることは、比較的簡単にできた。
足だって、きっとそれほど苦労せずに、同じことができるはずだ。
んぐぇっ!
クソッ、ジョンの野郎、また一段階、締め付けを強くしやがった。
これ以上悩んでたら、背骨にひびが入っちまう。
考える時間は終わりだ。
後はもう、なるようになれだ。
深呼吸。
足の力を抜け。
俺はシルバーメタルゼリー。
不定形の魔物だ。
……よし。
……よし!
いいぞ。
足が柔らかくなっていく、実感がある。
ジョンの顔を見る。
先程と同じ、薄ら笑いを浮かべて俺の体を締め上げるその顔には、警戒心のかけらもない。
馬鹿め。
そのまま、キン〇マを潰されて、ぶっ倒れるまで笑ってろ。
俺は右足を引いて、鞭の動きをイメージし、思いっきりしならせて、奴の股間を狙った。
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