第178話 たわごと

 まずい。

 回避が間に合わない。


 仕方ない、ベロー兄弟にやった、アレを使うか。

 両腕を上げ、交差するように組み、硬化してブロックする。


 大きなハンマーで、金属の板をぶっ叩いたような、硬く激しい音がした。


 ブロックしたというのに、凄まじい衝撃。

 俺は、部屋の壁までぶっ飛ばされてしまう。


 ぐえっ。

 背中を打っちまった。


 でも、なんとか致命的なダメージは防ぐことができたぞ。


 それに俺より、ジョンの方がダメージが大きいはずだ。

 これだけの腕力で、硬化した俺の腕を叩いたんだからな。

 拳の骨がグシャグシャに砕けていてもおかしくない。


 しかし、俺の予想に反して、ジョンは平然としていた。

 いや、少しは驚いているようだ。


 自分の大きな拳と、俺の腕を見比べて、しきりに首を捻っている。

 そして、口を開いた。


「おめえ、腕に鉄板でも入れてるのか?」


 その聞き方が、なんだかユーモラスで、俺は少し吹き出してしまう。

 腕を叩いたら硬かったので、鉄板でも入っているのかと思ったとは、なんとも素直な考え方だ。

 俺は唇の端を吊り上げて、戯言たわごとうそぶいた。


「そうさ。ちょいと手術してね。腕に強化金属を仕込んである。俺のこと、ただの小娘だと舐めない方がいいぜ」


 もちろん嘘である。

 ただ、こんな嘘でも信じてくれれば、奴は容易に俺へ近寄ってこなくなるかもしれない。

 それで、中距離の間合いを保てば、一瞬の油断を突いて、奴の攻撃範囲の外から白銀の刃をぶち込むことができる。


 ジョンは、感心したように唸った。


「ほおぉ。その若さで、人体改造手術をしてるとはね。たいしたもんだ。いや、たまにいるんだよな。強くなるために、自分の体をいじくりまわしてるような、いかれた奴がね」


 今度は、俺が感心する番だった。

 嘘から出たまことと言うべきか、世の中には、マジで腕に鉄板でも入れてるような奴がいるのか。


 本当にいかれてやがるな。まったく。

 しかし、ジョンが俺の嘘を真に受けてくれたのは良い兆候だ。


 他にも、体のどこかを強化改造しているかもしれないと警戒して、そうそう突撃はしてこないだろう。


 ジョンは、先程よりは少し気持ちが落ち着いたのか、朗らかに言葉を続ける。


「あと、一つ言っておくがね。俺は別に、お嬢ちゃんを舐めちゃいないよ」

「へえ。そうなのかい」

「そこに転がっているベロー兄弟は、一人一人では武術家として二流だが、兄弟そろって戦う時は、かなり強い。そんなこいつらを、二人まとめてやっちまったんだ。お嬢ちゃん、何か奥の手を隠してるだろう?」

「さあね」


 さあねと言ったが、内心ドキリとした。


 これが経験の差か。

 俺が隙をついて白銀の刃を使おうとしているのは、とっくにお見通しのようだ。


 いや、待て待て。

 奴の言葉に乗せられるな。

 俺が何か大技を使ってくるだろうとは予想しているが、それが、鞭のように鋭くしなって、3メートルも伸びてくるパンチだとは想像できないはずだ。


 落ち着け。

 深呼吸。

 慌てたり、焦ったりしちゃいけないが、長期戦になることは避けたい。


 ジョンの素早く強力なパンチをかわし続けるのは至難のわざだし、腕か足を一度でも掴まれてしまえば、見るからにたくましい奴の腕力で、骨を折られるか、あるいは投げ飛ばされるか、まあ、あまり想像したくない目に遭うことは明白である。


 その時、ジョンがつまづいた。

 床に置きっぱなしになっていた酒瓶にだ。


「おっとっと。いけねえ。掃除はちゃんとしておかねえとな」


 わざとらしい。

 俺の攻撃を誘うための演技か。

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