第176話 ジョン・ブロップ

 一応、状態を確認する。

 二人とも、顎の骨が折れているが、命には別条ないようだ。

 俺はしゃがみ込んで、彼らに拘束の魔法をかけながら、つぶやいた。


「酷い怪我をさせちまって、ごめんな。でも、あんたらのぶっとい腕から繰り出されるダブルパンチをまともに食らってたら、俺の顎が砕けててもおかしくなかったんだ。勝負は時の運。これも真剣勝負の結果として、受け入れてくれ」


 ギイイィィ……

 奥の部屋のドアが、開く音がした。


 また、新手あらてか。

 ええい、次から次へと。


 ちょっとばかし苛立ったが、早朝から急襲しに来た俺が、奴らに文句を言える筋合いではないことに気がつき、冷静になる。


 それに、盗賊団五人のうち、これで四人倒したので、残った一人は、消去法で、首領のジョン・ブロップということになる。


 間違いなく、一番の強敵だ。

 俺は即座に立ち上がり、警戒態勢を取った。

 ドアが開ききると、中からヌゥッと男が出てきた。


 でかい。

 でかいな。

 アーニャから、ジョン・ブロップは大男だとは聞いていたが、確かにこりゃでかい。


 タルカスほどではないが、190cm近くはある。


 何より、体の厚みが凄い。

 胸がパンパンに張っていて、服の中に風船でも入れているのではないかと思うほどだ。


 ただ、その表情は意外にも柔和で、気さくな初老の男といった感じである。

 ジョン・ブロップとおぼしき大男は、優しく目を細めて、俺に問うてきた。


「お嬢ちゃん、どちらさん?」


 俺は深呼吸して、言う。


「冒険者だ。あんたたち、ブロップ一家を潰しに来た」

「へえ、そう。誰かに依頼されたの?」

「そんなとこだ」


 格闘士としての資格を得るためのテストに、ブロップ一家が壊滅対象として選ばれたのは、冒険者ギルドに『奴らを討伐してほしい』との依頼が来ていたことも一因になっている。

 大男は、鉄柱のような太い腕を曲げ、困ったように頭をかきながら、笑った。


「うーん、やっぱりかあ。おじさんたち、あんまり恨みを買わないように、基本的に人殺しはしないし、強盗する時だって、ちゃんと手加減して、腕の一本か二本、折るだけにしてるんだけどなあ」


 とぼけた物言いに、俺はやや呆れた。


「ズレたこと言ってやがるな。たとえ人殺しをしなくても、人様が一生懸命働いて稼いだお金を奪って、おまけに腕まで折ったなら、恨みを買って当然だろうが。あんたたちに討伐依頼が出されたのは、自明の理ってやつだよ」


 大男は、目を丸くする。


「自明の理! お嬢ちゃん、難しい言葉知ってるねぇ。うん、でもまあ、確かに、お嬢ちゃんの言う通りだ。ははは、いやまったく、恨みを買わずに、悪いことするってのは、なかなか難しいもんだねえ」


 なんなんだこいつは。

 ヘラヘラしてて、調子狂うな。


「あんた、首領のジョン・ブロップさんかい?」

「そうだよ」


 やはりか。

 この巨漢と、今から戦わなきゃいけないのか。

 表情や話し方は柔和だが、こうして面と向かっていると、圧倒的な迫力の肉体に、どうしても威圧されてしまう。


 ええい、ビビるな。

 深呼吸。

 よし、落ち着いた。

 俺は、まっすぐジョンを見据えて、言った。


「悪いけど、倒させてもらうよ」

「その前に、飯食ってもいい? 起きたばかりだから、腹ペコでさ」


 緊張感のない男だ。

 闘志のようなものが、まったくと言っていいほど、感じられない。

 俺のような小娘など、警戒するに値しないということか?


 少し迷ったが、自然と俺は「どうぞ」と口に出してしまった。

 まるで『出かける前に飯食ってもいい?』とでも言うような、ジョンの軽い態度に乗せられてしまったのかもしれない。


 ジョンは微笑みながら、小さく頭を下げ、テーブルの前に置いてある、彼の巨体に対してはミニサイズすぎる椅子に腰を下ろすと、ベロー兄弟の食べ残りに手を付けた。


 そして食いながら、俺に問いかけてくる。


「お嬢ちゃん、いくつ?」

「さあ。正確な年齢は知らない」


 本当だった。

 この世界に転生する前の年齢はもちろん、シルバーメタルゼリーになってから、どれだけの年月を生きたのかも、今となってはハッキリしない。

 ジョンは、くちゃくちゃと硬そうなパンを頬張りながら、笑う。


「ふぅん。見たところ、16歳~17歳くらいかな?」


 外見年齢は、それくらいだろう。

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