第174話 銀の鞭

「酒売りでも花売りでもない、とすると、あんた、おかしらの女か?」


 俺はもう、首を振らなかった、最後に一歩距離を詰め、小男に肉薄する距離で囁く。


「あなたたちをぶっ飛ばしに来たんですよ」


 言うと同時に、小男の顎に向かって、腰の入ったフックを叩き込んだ。

 男の頭が、首を支点にしてガクンと揺すられる。

 そのまま彼は、地面にペタンと膝をついた。


 よし、奇襲成功。

 綺麗に脳震盪のうしんとうを起こしたようで、この様子じゃ、しばらく立つことはできないだろう。


「悪く思うなよ。あと四人もやらなきゃいけないんだ。一人くらいは、不意打ちで潰しとかねーとな」


 一応、念のために拘束の魔法をかけておく。

 俺が使用できる拘束呪文は、最低ランクのもので、起きている相手には、まず使える代物ではないのだが、意識を失ってるなら話は別だ。


 ……これで、よしっと。

 さて、あと四人。


 ガサリ。

 背後で音がした。

 慌てて振り向く。


 三メートル先。

 廃砦ではなく、森の方に、男がいた。


 ひょろりと背の高い奴だ。

 いかにも盗賊という感じの容貌。

 ブロップ一家の一員だろう。


 顔全体が、ほんのりと赤く、見開かれた瞳に、困惑と焦りが見て取れた。

 今の今まで町で飲んでいて、朝帰りしたら、仲間が襲われててビックリしたってところなのかな。


 男は大きく息を吸い、胸を膨らませる。

 精一杯せいいっぱいの大声を発する前に、誰もがやる、準備動作だ。

 廃砦の仲間たちに向かって『敵襲だ!』とでも叫ぶ気なのだろう。


 そうはいくか。

 俺は右腕を軟質化させ、三メートル先の奴の頭に向かって、鞭の動きでパンチを放った。


 よし。

 重たい手ごたえ。

 拳は奴のこめかみを直撃し、一撃で昏倒させた。


 ふぅっ、危ない危ない。

 叫ばれて、一気に全員で襲ってこられたら、さすがにキツイからな。


 拳の硬化は、使わなかった。

 背だけが高い、ナナフシのように細い男だ。

 首も、細い。

 拳を硬化させて『白銀しろがねの刃』を使えば、恐らく殺してしまうだろう。


 悪党相手とはいえ、無益な殺生をするつもりはない。

 聞くところによると、ブロップ一家は、強盗恐喝なんでもござれだが、無抵抗の相手を殺したりはしないらしいので、ほんのちょっとは情けをかけてやる余地があるからな。


 それに、軟質化した腕を鞭のように振るうだけでも、威力は充分だ。

 たった今、男の頭を殴り倒した強烈な感触が、今でも拳に残っている。


 リーチも鋭さも申し分ないし、これはこれで名前を付けておくと便利かもしれない。


 ……よし、『白銀の刃』からちょっぴりスケールダウンさせて、『銀の鞭』と呼ぶことにしよう。たとえ魔術師に心を読まれても、この名前なら、まさか腕が伸びるとは思うまい。


 さて、今倒した男にも拘束の呪文をかけてっと……これでよし。


 それにしてもこいつら、武道家くずれっつっても、大したことなかったな。


 まあ、一人は不意打ち。

 もう一人は、これまで見たこともないであろう、伸びるパンチで急襲されたんだから、反撃の暇もなくて当然かもしれないが。


 とはいえ、俺の技が通用していることは事実だ。

 だんだん自信がついてきたぞ。

 あと三人、一気に乗り込んで、カタをつけるか。


 俺は、そろりそろりと廃砦の入り口に近づき、扉を開ける。


 いきなり、飛んできた。

 拳が。

 それも二つ。


 背をのけぞらせてなんとか回避する。

 あぶねえ。

 のけぞった勢いのままバック転をし、距離を取る。


 二つの拳の持ち主の姿が、確認できた。

 さっき飛んできたのは、二人の男の、右拳と左拳だった。

 背は低いが、ガッチリとした男たちが、ファイティングポーズを取って、俺を睨んでいた。


 よく似ている。

 そっくりだ。

 俺は、思わず声に出していた。


「お前ら、双子か?」


 二人の男は、まったく同時に笑った。

 左の男が、口を開く。


「いきなり人様のアジトに入って来て、最初の言葉が『お前ら双子か?』とは、失礼な女もいたもんだ」


 続いて、右の男が、口を開く。


「だが答えてやる。その通り、俺たちは双子さ。拳法使いのベロー兄弟っていやぁ、ここらじゃちょっとは名が知られてるんだが、ごぞんじねぇかい?」

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