第173話 作戦開始

 友達か……

 俺は不意に、アーニャのことを思いだした。


『盗賊のボスを倒すことができたら、僕と友達になってよ』


 彼女は、そう言っていた。

 あいつとも友達になれたら、『きみと友達になれて良かった』なんて思ってくれるかな。


 ……駄目だな。ジガルガの言う通りだ。

 俺はすっかり、アーニャに対して敵愾心てきがいしんを失ってしまっている。

 チョロいと言われても、こういう性格なんだから仕方ない。


 さて、いつまでも起きていたら明日のテストに響くな。

 今日は早めに寝て、明日は朝早く、ブロップ一家のアジトに向かうとしよう。


 盗賊団は、その仕事柄、夜型の生活をしていることが多い。

 早朝ならきっと、頭の動きも、体の動きも鈍いはずだ。



 というわけで、翌日の早朝。


 昨日、バッチリ睡眠をとったので、精神的にも肉体的にも、ベストコンディションである。


 身支度を済ませ、森の奥にある、ブロップ一家のねぐらを目指す。

 奴らは、昔の戦争で使われた廃砦に住み着いているそうだ。


 ……正直、犯罪集団の居場所がそれだけハッキリ分かっているのなら、役人でも何でもいいから出張でばって行って捕まえろよと思わないでもないが、この世界では、基本的にもめごとは個人単位で解決するものらしい。


 大災害に匹敵する怪物や、何百人も殺しているような超凶悪犯の場合は、軍隊が出動して討伐することもあるようだが、それ以外の場合は、冒険者ギルドに頼んだり、個人的に用心棒を雇って問題を解決したりと、まあとにかく、公権力の働きかけによって悪党を成敗するという考えが薄いのだ。


 現代社会のルールと比べると、もの凄く適当に感じるが、その分、個人個人の危機意識と防犯意識が高まるので、思ったほど治安が悪くなるわけではないというのが、不思議なものである。


 そんなことを考えているうちに、目的地の廃砦に到着した。

 俺は大木の陰に隠れ、とりあえず様子を伺う。


 見張りは別にいないようだ。

 まだ早朝だから、全員寝てるのかもな。


 それにしても、『廃砦』っていうから、もっと頑強な建物を想像していたが、こりゃ『ちょっとでかい廃屋』って表現した方が適切だな。


 あちこちボロボロで、本来は敵の侵攻をはばむためにあると思われる外壁も、半分以上崩れてしまっており、見る影もない。


 まっ、そりゃそうか。ずっと昔の戦争で使ってたものだもんな。


 さて、どうしたもんかな。

 いくらなんでも、寝込みを襲うってのはどうかと思うし、誰か起きてこないかな。


 ちょっと待つか。

 頭を上げ、木々の切れ目から空を見る。

 うーん、いい天気だ。


 おっと、水、水。

 戦いになる前に、水分補給しておこう。

 水筒の水を軽く飲むと、木の陰にそれを置く。

 余計な荷物は外しておかないとな。


 ギイィィ……

 重たく、鈍い音。

 廃砦の入り口が開いたのだ。


 誰か出て来る。

 俺は、ゴクリと唾を飲み込んだ。

 目を凝らして見ると、俺とさして身長の変わらない小男が、一人でフラフラと出てきた。


 彼は無造作にズボンを下ろすと、廃砦の脇で立小便を始めた。


 いやいやいやいや。

 中でやれよ!

 廃砦っていっても、トイレくらいあるだろ!


 まあいい。

 作戦開始だ。

 俺は小男が小便を終え、ズボンを上げたのを見計らって近づいた。

 そして、にこやかに挨拶する。


「どうも、おはようございます」


 小男は、何故こんなところに女がいるのかと、一瞬ぽかんとするが、大きくあくびをして、問うてきた。


「なんだ、姉ちゃん。酒売りか?」


 俺は首を左右に振り、一歩距離を詰める。


「へへっ、じゃあ、別のものを売りに来たのかな?」


 俺はニッコリ微笑んで、再び首を左右に振った。そして、さらに一歩、距離を詰める。

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