第163話 初見殺し
「へえ、けっこう歳がいってるんだな。それならなんとかなるかも」
「ただ、武術の綺麗な部分も汚い部分も良く知ってる相手なのは間違いないから、この二週間、主に基本的な技術ばかりを練習してきたきみは、とっても苦戦するだろうね。彼さえいなければ、成功率は86%くらいだったろうけど、一人でもつわものがいれは、こういうのはグッと確率が下がっちゃうんだよね」
「ふぅーむ、なるほどね。忌々しいことだ。まあ、簡単に倒せる相手ばかりじゃテストにならないから、つわもののいる、ちょっとは名の知れた盗賊団と戦わせるんだろうけどさ」
「そういうことだろうね。……さて、いよいよお待ちかねの、成功率をアップさせる方法について教えるよ」
「おっ、待ってました」
そう言って身を乗り出した俺の態度がおかしかったのか、アーニャは一度、くすりと微笑んだ。
「成功率をアップさせる方法――つまり具体的には、首領のジョン・ブロップを倒す方法だね」
「うんうん、教えて教えて」
「ねえ、経験豊富な武術家が、一番嫌がることってなんだか知ってる?」
「遠くからライフルで狙撃されるとか?」
「そんなの、誰だって嫌でしょ」
「ですね」
「正解は、『自分が一度も見たことのないような技で攻撃されること』だよ。経験が豊富であればあるほど、突きにしろ蹴りにしろ、大体どういう間合いで見切ってかわせばいいか、体が覚えているからね。その経験則を超えた攻撃が来ると、案外簡単にいいのをもらっちゃうんだ」
へぇ、そういうもんなのか。
俺はふむふむと頷いて、静かにアーニャの話を聞き続ける。
「ジョン・ブロップは百戦錬磨、経験豊富なつわもの。いかにきみの攻撃が素早く、鋭くても、基本の動きばかりだから、まず簡単には命中させられないと思っておいた方がいい。だけど、何の予兆もなく、いきなり彼が見たことのない技で急所を狙えば話は別。理想を言えば、その一撃で勝負をつけられれば最高。いわゆる『初見殺し』ってやつだね」
「でも俺、誰も見たことのないような技なんて使えないんだけど」
「だから、それを今から教えてあげるって言ってるの。きみの体の特性を活かした、とびっきりの一撃をね」
「おぉっ、そりゃありがたい。でも新しい技を、そんなにすぐ覚えられるかな?」
「それほど難しいことじゃないよ。意識を変えれば、割と簡単に習得できると思う」
「意識を変える?」
「うん。きみ、すっかり人間の体と生活に
俺は、小さく息を吐いた。
やっぱり、俺が元魔物だってこと、知ってたんだな。
なんでも知ってるこいつのことだ。俺がシルバーメタルゼリーだったことも、知ってて不思議じゃないとは思っていたので、それほど驚きはない。
かわりに、ますますアーニャに対する疑念が膨らむ。
いったい、何者なんだこいつは?
もしかして、こいつも元魔物で、魔王軍にでも在籍してたのか?
それならば、普通の人間では使えない、古代術法を習得していることも合点がいく。
どうする?
問いただしてみるか?
でも、どうせ『ひ・み・つ』とか言って、まともに答えやしないだろうな。
パァンッ。
鋭く、短く、そして乾いた音で、思考が中断する。
アーニャが、自分の両手を叩いたのだ。
「ほらほら、余計なこと考えてる時間はないよ。明日、怪我せずに帰って来たいなら、僕の言う通りにしてみて」
……そうだな。
今は、こいつのことより、明日のテストのことだ。
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