第162話 教えてあげるから許して

「好きじゃねーし! 調子に乗ってんじゃねー! もうどっか行けよお前!」


 思わず顔を赤くして怒鳴ってしまった。

 アーニャの言うことが、ある程度は図星だったからだ。


 今でも、イングリッドの心をもてあそんだことは許していない。

 許してはいないが、この猫耳女のことを憎めなくなってきているのも事実だ。


 彼女自身の、あっけらかんとしたフレンドリーな態度と、実際に窮地を救ってもらった恩が、そうさせているのだろう。


 このアーニャが、魂に長いパイプとやらを通してくれなければ、ピジャンと戦うことすらできず、俺もレニエルも死んでいたんだからな。


 悔しいが、ピジャンに勝てたのも、アーニャのアドバイスと、強力な水晶輝竜のガントレットのおかげだし……


 しかし、だからと言って、こうも堂々と『僕のこと好きでしょ』と言われると、面白くない。


 アーニャがこの場を離れないのなら、俺がどこかに行くまでだ。

 身を翻して広場から出ようとすると、アーニャは慌てて両手を合わせ、ペコペコと頭を下げる。


「ごめんごめん、そんなに怒らないでよ。とびっきりのことを教えてあげるからさ。それで許して」

「……なんだよ、とびっきりのことって」

「テストの成功率72%を、92%にする方法」

「えっ」

「それも、比較的簡単な方法だよ。からかったことを許してくれるなら、教えてあげる」


『教えてあげるから許して』が、いつの間にか『許してくれるなら教える』に変わっているのが若干気に入らないが、テストの成功確率が20%もアップすると言われては、軽々けいけいに無視できない。


 俺は即座に、アーニャを許すことにした。

 切り替えが早いのが、俺の良いところである。


「わかった、許すよ。だから早く教えてよ」


「うん。じゃあまず、一般的な格闘士よりは強くなったのに、どうして成功率がイマイチかっていう、さっきの話の続きをするね」


「簡潔に頼む。あんまり話を引っ張ると、俺はへそを曲げて帰るぞ」


「はいはい、なるべく簡単に話します。……確かにきみは、この二週間で随分と強くなった。基礎訓練と並行して、模擬戦闘もたくさんこなしてたみたいだから、実戦感覚も申し分ない。一般的な盗賊団なら、それほど苦にもせず壊滅できるだろうね」


「ふむふむ」


「でも、今回きみがやっつけに行かなきゃいけない『ブロップ一家』は、ちょっと普通の盗賊団と違うんだよ。構成メンバーは5人で、盗賊団としては少人数だけど、全員が武道家くずれの荒くれ男たちなんだ」


「ふぅん、お前、そんなこと良く知ってるな。でも武道家くずれってことは、所詮、厳しい修行の道から逃げ出して、犯罪をやってるような情けない奴らだろ? どうってことないんじゃないか?」


「ふふっ、言うことが厳しいね。でもまあ、大半は、そうだね。二流三流の使い手ばかり。でも、首領のジョン・ブロップだけは、なめてかかっちゃいけない。彼はかつて、地方の武術大会でベスト4に入ったこともある、なかなかの手練てだれだよ。体も大きいし、スタミナもある」


 盗賊団首領の経歴よりも、俺はアーニャの知識量に、素直に感心していた。


「お前、本当になんでも知ってるんだな。盗賊のかしらの、現在の情報ならともかく、過去の経歴なんてどうやって調べたんだよ」

「僕にはちょっとしたデータベースがあってね。検索すれば大抵のことは分かっちゃうんだ」


 なんか、インターネットみたいだな。

 おっと、話が脱線してしまった。

 俺はアーニャに向き直り、咳払いして会話を続ける。


「つまり、お前はこう言いたいわけだな。そのジョン・ブロップとやらは、俺の手に余る強敵だと」

「手に余るとまでは言わないよ。彼はもう45歳で、現役の武術家だったのはもう十年以上前だし、盗賊としてのすさんだ生活で、体も錆びついてるだろうしね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る