第113話 食事という行為

「ほら、入れ替わったぞ。いったい、我に何をさせたいのだ」

「うん。目の前に、唐揚げがあるだろ? それ、ちょっと食ってみ?」

「は? 何故?」


 俺は、ふふんと胸を張って答える。


「旅先でさ、今まで食ったことないような美味しいもの食べたら、その喜びを誰かと共有したくなるだろ? ちょうど、イングリッドもレニエルも寝てるし、お前、食ってみろよ。一緒に食の喜びを分かち合おうぜ」


 ジガルガが入った俺の体が、わなわなと震えているのが分かった。

 やべっ、怒らせちゃったかな。


「わ、我が、眠気を押して、警告をしてやったというのに……ぬしは、ぬしは……はぁ、もういい。くだらなすぎて、怒る気も失せた。この、揚げた肉塊を食べればいいのだな。はぁ……くだらん……」


 揚げた肉塊って、間違ってないけど嫌な表現だな……


 ジガルガは、心底つまらなそうに、むしゃむしゃと機械的に唐揚げを咀嚼する。

 しかし、少しずつその表情が変わっていくのが、見て取れた。

 やがて、口の中のものを飲み込むと、丸くした目で俺を見て、小さく言う。


美味びみだ。本当に、美味おいしい」

「だろ? いやぁ、嬉しいよ、お前も美味しいと思ってくれて」

「もう一つ、食べていいか?」

「もちろん。そうだ、たぶんご飯にもよく合うから、あっちにある白いのと一緒に食べてみ」

「うむ。これだな」


 今度は積極的に、唐揚げを頬張るジガルガ。

 それをおかずにして、一緒に白いご飯も口に入れると、彼女の顔が、喜びと感動に綻ぶのが分かった。


「美味だ。美味すぎる……美味しいぃ……」


 よく見ると、目尻には、うっすらと涙さえ浮かんでいる。

 そんなに!?

 いや、泣くほど喜んでもらえたなら、俺も嬉しいけどさ。

 ジガルガは、夢中で唐揚げと白飯を頬張りながら、心の中で俺に語りかけてくる。


『人造魔獣は、体内の無限魔法動力によりエネルギーを生成するため、本来食事は不要なのだ。我自身、食料を経口摂取し、消化してエネルギーを作る『食事』という行為を、人間らしい非効率的で原始的な行為だと見下していた。しかし、これは、素晴らしい……』


 そうかそうか。

 人造魔獣、食の喜びを知る。

 今日は、記念すべき日になったな。

 うんうんと頷く俺に、ジガルガは再び心で話しかけてくる。


『しかし、ぬしよ。こんな簡単に、我と肉体を入れ替えて、不安にはならんのか?』


『不安? 何が?』


『例えばだ、我がこのまま、ぬしの体を奪って、どこぞに消えてしまうとは思わんのか。自分で言うのもなんだが、我はぬしよりも遥かに多くのことを知っている。禁忌とされる術法もな。その気になれば、思念体だけの存在となっている今のぬしを消し去り、この体を完全に乗っ取ることもできるのだぞ?』


『あー……そっかー……』


『どうだ。恐ろしくなったか?』


『でも、お前はそんなこと、しないだろ?』


『どうしてそう思う?』


『なんとなく』


『お人よしめ、少しは人を疑ってかからんと、いずれ痛い目を見るぞ』


 そのジガルガの物言いに、俺は笑った。


『なんだ。何がおかしい』

『いずれ痛い目を見るぞってことは、今は痛い目を見る段階じゃないってことだ。ということは、今現在、お前は俺の体を乗っ取る意思はないと推察できる。この理論、いかがでしょうか?』

『なるほど、一応、理にはかなっているな。こざかしい』


 それからジガルガは、無言でむしゃむしゃとご飯を食べ続け、どんぶり三杯完食したところで満足したのか、不意に俺と体を入れ替えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る