第112話 奴が来ている
こんなもんを一本も飲んだのか。
この様子じゃ、イングリッドは朝まで起きないな。
レニエルの方を見ると、座ったまま、うたた寝している。
俺も疲れたし寝てしまいたいが、酔っ払いの相手をしていたせいで変に目が覚めてしまい、どうにも寝付けそうにない。
そして、今になって、さっきよりも腹がすいてきた。まだ残っている料理の中から、鳥の唐揚げっぽいやつをチョイスし、食べてみることにする。
おっ。
美味い。
ピリッと来るスパイスが、いい感じに振りかけられており、絶品だ。
もう一個いこう。
そう思ってさらに手を伸ばすと、突然声をかけられた。
「おい」
「うおぉっ!? びっくりした! ……って、その声は、ジガルガか。おはようさん」
「うむ」
声の方を見ると、久方ぶりの黒髪ツインテールが、俺の肩に乗っていた。
「イングリッドとの決闘以来だから、一週間以上は寝ていたんだな。よかったよ、ちょうど、みんな寝ちゃってさ。話し相手が欲し……」
朗らかに笑う俺の言葉を遮って、ジガルガは厳しく言う。
「時間がないから、単刀直入に言うぞ。奴が来ている」
「奴?」
「あの女騎士に、邪鬼眼の術をかけた術者だ。独特の気配でわかる」
「げっ、マジか」
「あの決闘で、我もかなりエネルギーを使ったからな。本来なら、もう少し寝ていなければいけないのだが、奴の気配を察知したら、少々無理をしてでも起きることができるようにしておいたのだ。正確な位置は特定できんが、奴はぬしを見ている。それは、ハッキリと分かる」
くそっ。
決闘の後、特に何もなかったから、ちょっとは安心してたのに、スーリアまで着いて来るなんて、俺のストーカーかよ。
レニエルも、本気で言っていたわけではないだろうが、これで、奴がただの愉快犯だという線はなくなったな。
どういうわけか、野郎は俺にご執心らしい。
「なあ、どうすればいいと思う?」
「戦うのはお勧めしない。どう考えても、ただ者ではないからな……現在……最善の……手は……」
ジガルガの小さな頭が、ふらふらと前後に揺れ、言葉もおぼつかない。
「お、おい、どうしたんだ? しっかりしてくれよ」
「すまぬ……睡眠が足りぬのに……無理に起きたのは、やはりまずかったようだ……眠い……凄く……」
「えぇ~……そんなぁ~……」
「とにかく……奴が手を出してこない限り……こちらからは接触するな……たとえ、姿を現しても、挑発するような行動は控えろ……直接対決は、絶対に避けるのだ……いいな……」
「あ、ああ。わかった。お前がそう言うなら、そうするしかないんだろうな」
「それでいい……では、我はまた……寝……んがっ」
眠ろうとしたジガルガの体をガシッと掴む。
「ちょい待ち」
「なんだいったい、驚いて、少し目が覚めたぞ」
「そりゃ良かった。邪鬼眼の術者のことはもう分かったからさ。ちょっと、俺と入れ替わってくれよ」
「はぁ? 何故?」
「いいからいいから。ほら、俺はもう、お前に俺の体の操縦権を渡す気になってるから、あとはお前の意思で替われるだろ?」
「わ、分かった……なんなのだ、いったい……」
眠いせいか、問答するのも面倒くさいらしく、ジガルガは俺と肉体を入れ替える。一瞬、気が遠くなり、意識を取り戻すと、久しぶりに、俺は小さなジガルガの体に入っていた。
大きな俺の顔が、いかにもだるそうにこちらを見ている。
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