第109話 化身

「ピジャン神を実際に見ることができたのは、我々の先祖でも一握りだけらしいのですが、そのお姿は、美しい、白い大蛇だったそうです。その神々しい姿を、一般のスーリアの民にも伝え、信仰を高めるために、先祖はこの彫像を作ったのです」


 目を凝らして、白蛇の彫像を観察する。

 なるほど、神々しいという表現がぴったりな、美しい蛇の像だ。

 隣で見ていたイングリッドが、口をはさんでくる。


「確かに、この蛇の鱗の模様。あの少女の鱗とよく似ているな」


 言われてみれば、そうかもしれない。

 俺たちは黙って、ウーフに話の続きを促した。


「ピジャン神は、数十年に一度、人の姿を模して地に降り、堕落した人々を戒めるという言い伝えがあります。今回のことも、きっとそうなのでしょう。ですから、我々が悔い改め、日々祈りを捧げれば、これ以上惨劇が起こることはありません」


 ウーフの話が一区切りついたところで、再びイングリッドが口をはさむ。


「あの娘が神の化身であったというなら、オーラが消えてしまったことも説明がつくな。人々を戒める役目を終えて、天に帰ったのであれば、いかに魔装コユリエを使っても、距離があり過ぎて、オーラを探知することは不可能だ。やはり、これで一件落着だと思っていいのではないか?」


 うーん……まあ、ウーフは納得しているし、白い少女も大トカゲも消えちゃったし、まあ、そういうことにしておくしかないのかな。俺たちだって、ずっとスーリアにいるわけにもいかないもんな。


「後のことは、我々スーリア人にまかせていただきたい。ナナリーさん、あなたの言う通り、人々をあまり畏怖させないように、気を付けます。あと、今回の件の依頼料は、当然全額払わせていただきます。邪悪竜はいませんでしたが、あなたたちは、スーリアのために一生懸命働いてくれましたからね」


 俺は、スッキリしないものを胸に抱えながらも、ウーフから報酬を受け取った。


 しかし、なんだろう。

 何か、引っかかる。

 今、ウーフが言った言葉。

 そのうちの何かが、妙に引っかかるのだが、具体的にどう引っかかるのか、よく分からない。


 腹が減って、疲れてるからかな。頭が回らない。


 ……結局、心のもやもやを解消できぬまま、今日はもう暗くなってきたので、俺たちは客用のテントに通され、ここで一泊し、明日の朝、帰ることになった(不思議なことに、ハリボテのドラゴンは、日が沈みきる頃には、影も形もなくなっていた)。



「うん、美味いなこれは。かなり美味い。食べたことのない香辛料がかかっていて、実に食が進む」


 テントの中に用意されていた食事を、イングリッドは文字通りむさぼり食っている。


 俺とレニエルは、湿度も温度も高いスーリアの湿地を長時間歩いた疲れで、腹こそすいているものの、内臓は疲労しており(梅雨時に食欲が落ちるような、あんな感じ)、とてもイングリッドのように、大量に食べ物を胃に流し込むような真似はできなかった。


「お前、ほんとすげーな……。あのクソ暑いなか、いっぱい歩いたのに、よくそんなに食えるな」


「私はどんな状況でも、食欲が落ちたことがないのが自慢なんだ。昔、誤って毒性の底なし沼に両足ともハマったことがあるが、携帯していた野戦糧食を食べたら元気が出たので、なんとか沼から脱出することができたんだ」


「それもう食欲がどうとか言う次元じゃないだろ。単純に生き物としてタフすぎる……」

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