第107話 御覧なさい

 ウーフは、微笑を口に張り付かせたまま、言葉を紡ぐ。


「やあ、イハーデンの皆さん。やはり、邪悪竜を倒すことはできなかったのですね」

「何を言ってる。邪悪竜など、そもそも存在しない。人々を襲っていたのは、大トカゲと、白い……」

「存在しない? あなたこそ、何を言っているんですか? あれを御覧なさい」


 返答したイングリッドの言葉を遮るように、ウーフは西日が沈むのとは反対の空を指さした。


 俺、レニエル、イングリッドの三人は、揃って驚きの声を上げる。そこには、先ほど見たばかりのハリボテドラゴンが悠然とそびえ立っていたからだ。


 距離にして、ここから約2kmほど離れた林の中から、上半身を露出させ、まるでこの集落を睨むように、鋭い眼光を向けている。


 この辺りには、他に大きな建造物などはないので、全長20メートルのハリボテドラゴンは、ここからでもハッキリ確認することができる。テレポートしてどこへ行ったのかと思ったら、こんなところに飛んできていたのか。


 イングリッドが、不可解そうに眉を顰め、言う。


「どうやら、あそこにあるのはハリボテだけだな。あの白い少女のオーラはまったく感じない」


 そうなのか。

 しかし今はとりあえず、あの白い少女のことは置いておくとして、まずは恐怖に怯え、嘆きの祈りを捧げている人々を安心させてやらないと。


「みんな、心配いらない。あれは邪悪竜なんかじゃない。ただの作り物だよ。ちょっとでかいから、びっくりしただろうけどさ。そんなに怖がらなくてもいいんだ。……駄目だ、誰も聞いてない。必死で祈り続けてる」


 素朴な暮らしのスーリアの民は、あれほど巨大な物を見る機会もないだろうし、あのおぞましい造形だ。よっぽど恐ろしいのだろう。それに、族長であるウーフが先程、何やら恐怖を煽るようなことを言っていたしな。


 外の地方から来た俺たちが、どれだけ説明しても、彼らの恐怖心をなくすことはできないだろう。やはり、族長であるウーフに、きちんと事の顛末を話して、人々を安心させてもらわないと。


 俺、レニエル、イングリッドは、静かなところで話がしたいとウーフに頼み、最初にこの集落へ来た時と同じように、彼のテントに入った。それから腰を下ろし、今日起こったすべてのことを、見たままに説明した。


「なるほど。事件の黒幕は、その白い少女であり、あの邪悪竜は巨大な作り物に過ぎないから、心配いらないと、そうおっしゃるのですね」


 俺は、頷いた。


「そうだ。白い少女がどこに行ったのか分からないし、その目的も謎だから、軽々しく心配いらないとは言えないかもしれないけど、さっきみたいに、集落の人々の恐怖を煽るのはやめてくれ。あなたがもう一度言い聞かせれば、皆の気持ちも、随分落ち着くだろう。あんなに怯えて、あれじゃかわいそうだ」


 真剣にそう主張する俺を、まるで小馬鹿にした感じで、ウーフは、込み上げてくる幸福を抑えきれないように、ふふふと笑った。


 まただ。

 この野郎。

 笑ってる場合か。


 そんな俺のいら立ちが伝わったのか、ウーフは顔を引き締め、言う。


「失礼。あなたを馬鹿にして笑ったわけではないのです。もう、心配ないのですよ。全てにおいて、心配ないのです。それどころか、これからスーリアは、良い方向に向かうでしょう。だから私は、笑ったのです」

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