第106話 依頼達成?

 今までのは、幻覚だった?

 いやいやいや、そんなはずはない。

 イングリッドが斬りかかったとき、凄い音がしたし、実際、俺自身も触って確認している。


 ということは、あれだけの巨大な物体が、一瞬でどこかに消えてしまったことになる。

 テレポーテーションのような魔法は、かなり高度な術法のはず。

 それを、あのあっぱらぱーな感じの白い少女がやってのけたのか?


 なんだかもう、わけがわからなかった。

 ここに来てから、当惑しっぱなしである。

 ちょうど、スクワットを100回し終えたイングリッドが、小さく息を吐き、魔装コユリエを掲げて言った。


「あの大トカゲどものオーラは、もうどこにも感じない。とりあえず、これでスーリアの人々が奴らに襲われることはないだろう。奇天烈な少女はいたが、どこかへ消えた。彼女のオーラも、近くにはない。そして、『邪悪竜』なるものは、そもそも存在しなかったわけだし、ひとまず一件落着と思っていいのではないか?」


「そ、そうかなぁ……。だって、このスーリアで何か起こっていたのか、まったくわかってないんだぞ?」


「しかし、手がかりが消えた今、これ以上どうしようもあるまい。あの熊男がいた集落に戻って、事の顛末を報告すれば、充分依頼達成になると思うぞ。まあ、話がこじれ、『邪悪竜を退治してないじゃないか』と、依頼料を貰えなかったとしても、それはそれで仕方あるまい。いないものは、倒しようがないからな」


 うーん……

 スッキリしないものが心に残るが、イングリッドの言う通り、これ以上手がかりがないのだから、どうしようもない。

 俺は頷いて、彼女の提案を受け入れ、ウーフの集落に戻ることにした。


 その最中、イングリッドが何度も言っていた、『邪悪竜など存在しない』という言葉が、妙に心に引っかかった。


 そして、ぼんやりと思った。

 あのビルのようなハリボテドラゴンは、見た目だけなら、まさしく邪悪な竜と形容するにふさわしい、おどろおどろしい迫力があったな――と。



 俺たちは、来た時とほぼ同じ時間をかけて、ウーフの集落に戻った。

 集落の入り口に到着したときには、もう少しで日暮れという時刻であり、黄金の太陽から、燦燦と降り注ぐ西日が目に眩しい。


 何か、騒々しい。

 集落の中で、原住民の人々が、何かを喚き散らしているようだ。

 よく耳を澄ますと、「もうおしまいだ」だの、「神の怒りに触れた」だの、穏やかでない言葉が聞こえてくる。


 これは、ただごとじゃないなと足を速め、集落の中心部に向かうと、人々に円陣で囲まれるようにして、族長のウーフが高く腕を掲げ、何かの演説をしていた。


「皆、心配ない。ピジャン神の機嫌を損ねたため、邪悪竜が復活したが、今すぐに滅びが訪れるわけではない。悔い改め、スーリア古来の生活を取り戻せば、再び我々の心と暮らしに平穏がもたらされるだろう。さあ、今すぐピジャン神に祈りを捧げ、許しを乞うのだ」


 ウーフの言葉に、人々はその場に平伏して、祈りを捧げだした。

 いったい、何が起こっているんだ?

 困惑する俺たちの存在に気がついたウーフが、こちらを見て、微笑を浮かべた。


 なぜ笑う?

 俺たちが無事戻ってきたことに対しての微笑みなのか?

 それとも、ただの愛想笑いか。

 いや、どちらでもないな。

 彼の笑みは、まるで美酒に酔うかのような、恍惚とした笑いだった。

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