第105話 ばいばい
ここは一旦引いて、作戦を(あんなデカブツにどんな作戦が有効なのか、見当もつかないが)練るべきじゃないのか?
いやいやいや、それよりもこれ、もはや俺たちの手に負える相手じゃないんじゃないのか? どっかの国に連絡して、軍隊規模で精強な兵を出してもらわないと、こんな化け物……
そこまで考えて、俺はちょっとだけ冷静になった。
何故かと言うと、ドラゴンが微動だにしないからだ。
こちらを襲ってくる様子もなければ、小指一本とて、動く気配がない。
さっき俺は、このドラゴンのサイズをビルに例えたが、今目の前にいるこいつは、比喩ではなく、生き物と言うより、建物のようだった。
なんていうか、説明は難しいんだけど、テーマパークとかで、大きな動物や、恐竜の作り物があったりするだろ?
それを見て、良くできてるなとは思っても、本当の動物だと錯覚することって、まずないじゃん? 生きてるって雰囲気が伝わってこないっていうかさ。
今、眼前にそびえたっているドラゴンも、そんな感じなわけ。
どうやら、レニエルもそれに気がついたようで、警戒しつつもドラゴンの足に近づき、触れ、首を左右に振る。
「これ、生き物じゃありませんね。ものすごく頑丈で、大きなハリボテみたいです」
「やっぱ、そんな感じだよな? いや、焦ったぜ。こんなデカいのが動いて襲ってきたら、いくらなんでも勝ち目無いからな」
俺は、冷や汗を拭って笑いながら、ドラゴンの足をこんこんと叩いてみる。
その反響音で、イングリッドの剣撃を防ぐほど頑丈ではあるものの、中は空洞であることに気がついた。なんだよ、本当に、超巨大なハリボテってわけか?
……うーむ、さっぱりわからん。
白い少女は、大トカゲ共を使ってこいつができるのを待ってたみたいだが、こんなものに何の意味があるんだ?
その時、はるか上空から、声がした。
俺たちは、三人そろって、空を見上げる。
ダンベル運動でもするように曲げられたドラゴンの腕、その真ん中に、誰かが乗っている。その誰かが、下にいる俺たちに向かって、声をかけてきたらしい。
聞き覚えのある、声。
少し経って、声の主が、先程の白い少女だということに気がついた。
距離があるので、何を言っているのかはよく聞き取れないが、懸命に耳を澄ますと、かすかに『離れて』と言っているような気がした。
別段、彼女の言うことに従う義理はないのだが、ただデカいだけのハリボテドラゴンに、これ以上くっついていても意味はない。俺たちは、ドラゴンから数メートル、距離を取った。
上空から、また声が聞こえてくる。
今度は、割とハッキリ聞き取ることができた。
白い少女は、こう言っていた。
「ありがとー! ばいばーい! また遊ぼうねー!」
遊ぼうって……
さっき、あんた殺意満々で攻撃してきましたやん。
それともあの程度、彼女にとっては楽しい遊びなのだろうか。
一応、何か言葉を返すべきか迷っていると、目の前から、ドラゴンが消えた。
そう、消えたのだ。
跡形もなく。
俺は、自分の目を何度も擦った。
右を見る。
レニエルも、自分の目を疑い、擦っていた。
左を見る。
イングリッドは、ドラゴンがハリボテであると知って興味を失い、明後日の方向を向いてスクワットをしていた。
再び、ドラゴンがいたはずの場所に目をやる。
やっぱり、そこには何もなかった。
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