第103話 騎士道精神
さっきの、白い少女の身のこなしは、明らかに人間離れしたスピードだった。
注意を逸らせて不意打ちしたタイミングも、百点満点だ。
こう言ってはなんだが、俺が同じ方法で襲われてたら、今頃地面に首から上が転がっているだろう。さっき話してるときに、白い少女が攻撃してこなくてよかった。
イングリッドは、冷や汗一つ垂らさず、先程の中段の構えに戻り、凛とした声で言う。
「さあ、立て。地に膝をついた相手を斬りたくはない。臨戦態勢を取り、襲いかかってこい」
「なんで、斬りたくないのー?」
白い少女は、蹲ったまま、イングリッドに問うた。
「決まっているだろう。騎士道精神に反するからだ」
「騎士道精神ってなにー?」
「ええい、うるさい。騎士道精神は騎士道精神だ。早く立て!」
「やだー、教えてくれなきゃ立たないー、ごろーん」
「おい、やめろ、何をしている。戦いの最中だぞ。寝そべるんじゃない」
「やだー、騎士道精神について教えてくれるまで、起きないー」
「ぐぬぬぬぬ……」
腕を負傷したというのに、どこまでもマイペースな白い少女。
イングリッドも、容赦しないつもりではあるのだろうが、人間の少女の姿に類似した、コミュニケーション可能な相手を問答無用で切り捨てるのは、やはり気が咎めるらしく、歯ぎしりをして、どうしたものか迷いぬいた末、チラッとこちらを見て、『どうすればいいと思う?』と視線で問いかけてきた。
そんなもん、こっちが聞きたいわ。
しかしまあ、ここ最近、戦闘ではイングリッドに頼りっぱなしなので、こういう時くらい役に立たないと、俺も立つ瀬がない。
白い少女が急に襲ってきても大丈夫なように警戒しつつ、俺はそろそろと近づき、話しかけてみる。
「なあ、おい、きみ。さっきの奇襲を防がれたので、わかったろ? きみもけっこう強いみたいだけど、そのデカいお姉さんにはかなわないよ。だから大人しく、きみの正体と目的を教えてくれないかな」
「えー、なんでー?」
「なんでって……ええっと、場合によっては、話し合いで問題を解決することができるかもしれないし」
「もんだい? 何が問題なの?」
「いや、だから、きみのお友達のトカゲ君たちが、スーリアの人々を襲ってることだよ」
「……ぐー……すぴー……ぐがー……zzZ」
「おい! 話の最中に寝るな!」
駄目だ。
まともに話が通じない。
だんだん頭痛くなってきた。
その時、突然白い少女が立ち上がった。
また、襲ってくる気か。
間抜けな問答をしていて少々油断気味だった俺は、一気に体をこわばらせ、安全な距離まで飛びのく。
その身のこなしに、白い少女は軽く面食らった様子で、ぱちくりと瞬きをした。
どんなもんだ。
奇襲されるかもしれないと分かっていれば、俺だって瞬時に、これくらいの動きはできるんだ。
「ふーん。大きいお姉ちゃんが強いのはさっきのでわかったけど、銀色のお姉ちゃんも、割と素早いんだねー。仕留めるのは、けっこうめんどくさそう。調和を保つために、スーリアに入って来たイハーデン人は、なるべく全員殺したいんだけどなー」
そこで、白い少女の金色の瞳に、初めて明確な敵意と殺意が浮かんだ。
先程までの無邪気な姿も、決して演技ではないのだろうが、やはり魔物は魔物か。
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